自分がいない朝礼の場で上司に勝手に「ゲイ」と暴露された 同意のない行為「アウティング」は命に関わる重要な問題

職場でのアウティング被害が労災認定された事案が2023年7月に明らかになった

  自分がいない朝礼の場で、その行為は起きていた。金融機関に勤めていた植田次郎さん(31)=仮名=は、ゲイであることを上司によって職場の人たちに暴露された。採用時に担当者にだけ伝えたことなのに…。そのことを知った際の怒りや悲しみ、不信感は今も心に残っているという。
 アウティングという言葉を聞いたことがあるだろうか。好きになる相手の性別「性的指向」や、自分の認識する性別「性自認」を本人の同意なく第三者に漏らすことを言う。2015年、同性愛者であることを暴露された学生がその後、転落死する事案が発生。アウティングは、性的少数者への差別や偏見を背景にした「人間関係を破壊する行為」との指摘があり、社会的な注目を集めた。
 国は女性活躍・ハラスメント規制法の指針でパワハラの一類型に規定したものの、規制対象は職場だけ。労災認定の事例も出てきたが、禁止条例を制定する自治体はまだまだ限られている。当事者にとっては「命にも関わる重要な問題」(植田さん)。そうした認識と理解をどう広げていけばいいのか。(共同通信=金子美保)  

取材に応じる植田次郎さん(仮名)=2023年10月

 ▽誰に最初にカミングアウトするかを賭けていた同僚たち
 植田さんは約6年前、金融機関に採用された際、人事担当者にだけゲイであることを伝えていた。就職活動を通じ信頼できる人だと感じたからだった。入社後に配属されることになったのは、ある地方の支店。着任する直前、あいさつのため初めて支店を訪れた時のことだ。支店長が「植田君に何か質問がありますか」と他の従業員に振ると、ある先輩が軽いノリで「彼女はいますか?」と聞いてきた。
 後になって知ったことだが、植田さんが初訪問する以前の朝礼で、支店長は「次に来る新人は実はゲイですが、変な目で見ないように」と勝手に話していた。従業員たちは全員で「知らないふり」をすることを決め、その陰で植田さんが誰に最初にカミングアウトするかを賭けていたという。
 だからなのか、職場では「彼女がいるのか、いないのか」をしょっちゅう聞かれた。営業担当として足を運んだ取引先でも、約1時間にわたって同じ質問を繰り返され、ゲイだと話さざるを得なくなった。植田さんは「泣きながら帰りました。普通に仕事がしたかった」と振り返る。

 ▽飲み会での同期の会話に「何度も殴られるような気分」
 自分の性自認などを打ち明けたり、公表したりするカミングアウト。「誰に」「どんなタイミングで」話すかは当事者にとって極めてセンシティブで、重大な問題だ。高校生の時、告白された同級生の女子と付き合ったことで自分の性的指向に気づいたという植田さん。なかなか周囲に打ち明けることはできなかった。
 初めてカミングアウトした相手はその「元カノ」。高校卒業後、予備校に通っていた時期だった。大学時代は信頼できる友人に「他の人には秘密にしてね」と言いながら告白。うまくいっていたという。
 だが社会人になると、世界が一気に広がった。「誰に言うか、言わないか」で迷い、「誰が知っているのか、知らないのか」で疑心暗鬼になった。
 普段は一緒に仕事をしていない同期グループに誘われた飲み会で「俺、おかまに声かけられたことがあるんだよ」「LGBTの人たち、いてもいいと思うんだよね」と話を振られたこともあった。
 笑顔で受け流したが、何度も殴られているかのような気分になった。なんでこんなに気を使って、失礼な話に答えなきゃいけないんだろう。LGBTの人は「いてもいい」っていう「許可制」なのか?―。植田さんは同期たちの会話を思い出し、こう表現する。「意地悪というより、子どもがアリをつぶすような、ちょっと残酷な好奇心ですよ」

 ▽勝手に公表した支店長は降格処分に
 別の仕事に誘われたこともあり、植田さんは退職を決めた。その後、親しい同僚から支店長によるアウティングの事実を打ち明けられた。
 大学の先輩は「個人の病気や妊娠を承諾なく職場で発表したら非常識だと思うだろ。同じことだ」と怒ってくれた。弁護士の助言もあって本社のコンプライアンス窓口に通報。勝手に公表した支店長は降格処分となった。
 植田さんは「よかれと思ってのことだったのかもしれないが、周囲への不信感が募った。問題が起きてからでは遅く、防ぐための対策が必要です」と話す。

 ▽全国の26自治体が禁止を条例で明記
 アウティングを巡っては、2015年に取り返しの付かない事態が起きている。一橋大法科大学院生の男性が、同級生にゲイであることを暴露され、その後、校舎から転落死した。地元の東京都国立市は2018年4月、アウティング禁止を明記した条例を全国で初めて施行。性的指向や性自認の公表の自由を「個人の権利として保障される」と規定し、公表を強制したり本人の意思に反して公にしたりすることを禁じた。 

アウティング禁止を明記した条例がある自治体

 同様の条例は全国に広がりつつある。地方自治研究機構(東京)と各自治体への取材では、2023年10月1日時点で少なくとも12都府県で26自治体がアウティングの禁止を条例で明記。自治体数は3年間で約5倍に増えていることが確認された。
 これらの自治体では職員研修やガイドラインの作成のほか、市民や企業への啓発も実施。兵庫県明石市は性的少数者の当事者である専門職を公募で採用して施策を展開、啓発動画を作成した。同性カップルを公認するパートナーシップ制度を導入している自治体では、届け出た2人が外部に証明書を提示する場合を想定し、アウティングに関して注意書きをする配慮もしている。

アウティング禁止を条例で明記している自治体数(施行時期)

 東京都豊島区の条例には区民が人権侵害を受けた場合に苦情や救済を申し出ることができる仕組みもある。区内の保険代理店でアウティングの被害を受けた男性が2020年、条例に基づいて救済を申し立て、区のあっせんを受けて会社側が謝罪し和解。池袋労働基準監督署による労災認定につながった。

 ▽人を追い詰める問題との認識がまだまだ不十分
 ただ、条例を制定しているのは全国1788自治体のうちのごくわずか。多くの地域では施策も進んでいない。「人を追い詰め、命を落とすことにつながる問題であるとの認識がまだ不十分だからではないか」と話すのは宝塚大の日高庸晴教授(社会疫学)だ。
 日高教授が、ライフネット生命保険の委託を受け、2019年に当事者約1万人を対象にした意識調査では、4人に1人に当たる約25%がアウティングをされた経験があると答えた。しかし、これは本人が被害を認識している場合の回答であり、実際はもっと多いとみられる。
 一橋大で起きた事案では、学生の遺族が大学に損害賠償を求める訴訟を起こし、2020年の東京高裁判決は「男性の人格権やプライバシー権を著しく侵害する許されない行為」と認定。アウティングは不法行為と明確に言及している。
 職場での被害を経験した植田さんは「当事者が安心して生活できるように、ルールとして認知されることが大切だ」と強調。性的指向や性自認を理由に差別や偏見、不利益を受けない社会にすることが重要だと訴えている。
 

「当事者が安心して生活できるようにルールとして認知されることが大切」と語る植田次郎さん(仮名)=2023年10月

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 LGBT法連合会の神谷悠一事務局長に話を聞いた。
 アウティングは職場ではハラスメントとして防止が義務付けられましたが、それ以外の学校や医療などの場では法整備がなく、何が該当するのかや、具体的な対応についてはまだ理解が広がっていません。条例で禁止を明示することは重要で、周知や予防、被害を受けた場合の救済にもつながりやすくなります。当事者の周囲の環境が差別的であればあるほどアウティングの影響は甚大となります。被害が起きないよう各分野でのさらなる啓発が必要です。当事者にカミングアウトされたら、まずは誰にどこまで話していいのか本人に確認することが基本。悩んだら守秘義務を順守する専門窓口に相談してほしいと思います。

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