「誰もが心の病気になり得るし、何回でもやり直せる」 2度のメンタル不調を経験した27歳男性が伝えたいこと

自転車で全国一周をする途中にバスケットボールのイベントに参加した原匠さん=2022年5月、福岡市博多区(本人提供)

 メンタルヘルス(心の健康)の不調に苦しんできた27歳の若者が、否定的なイメージを払拭するために自身の経験を伝えようと全国を行脚している。大学時代に発病したうつ病はいったん症状が落ち着いたものの、社会人2年目に再発。これを機に、生き方を見つめ直し、一念発起して仕事を辞して経験を語り始めた。筆者も過去にメンタル不調に苦しんだ経験があり、積極的に対外発信を続ける当事者の声を聞いてみたくて取材に出向いた。(共同通信=星野桂一郎)

 ※筆者が音声でも解説しています。各種アプリで、共同通信Podcast【きくリポ】で検索してお聴きください。→#56【きくリポ】2度のメンタル不調を経験した青年が今、伝えたいこと

 ▽漂白剤やシャンプーを飲んで…入院した学生時代
 9月下旬、埼玉県志木市にある慶応志木高校の教室で、原匠さん=大阪府東大阪市=が、1年生約40人を前に切り出した。「過去に心の病が原因で死にかけてしまった。どん底の状態から、このように皆さんの前で話せるようになるまでの出来事を伝えたい」。原さんがこう話し始めると、当初ややざわついていた教室は静まり返り、生徒たちは話に引き込まれていった。
 原さんはバスケットボールに情熱を注いできた。出身地の大阪府代表のキャプテンを務めたり、全国大会に出場したりするなど活躍した。そんな原さんが発症したのは、慶応大3年生の就職活動中のことだ。副キャプテンだったバスケットボール部での人間関係や、将来への不安が原因で眠れなくなり、漂白剤やシャンプーを飲んで自殺を試みた。
 病院に運ばれた直後は、飲食もできずに点滴で栄養を補給する状態。体重は激減した。食事ができるようになって、いったん退院した後に、別の病院でうつ病と診断され、精神科病棟に1カ月弱、入院した。
 その後、バスケットボール部に復帰。何とか卒業もして保険会社に就職した。

慶応志木高で「失敗なんてない。自分の心を大切にして、ときには、誰かを頼ってください」と話す原匠さん=2023年9月、埼玉県志木市
慶応志木高の生徒を前に「心のエネルギーがあれば、何回でもやり直すことができるし、何回でも挑戦し直すことができる」と訴える原匠さん=2023年9月、埼玉県志木市

 ▽入社2年目で再発、「このまま目を背けていたら…」
 ところが、入社2年目、新型コロナウイルス禍で仕事の環境が激変する中、うつ病が再発して、休職を余儀なくされた。
 実は最初にうつ病と診断された後、周囲に病気を打ち明けられず、病気については自らの記憶の片隅に押し込めていた。「悪い夢だったんだ。もう忘れてしまおう」。週1回の通院は数カ月続けていたが「友人や知人に姿を見られたくない」との思いからやめていたのだった。 だが、再び以前と同じ壁に直面して「このまま病気から目を背けていたら、残りの人生を前向きに生きられないのではないか」と自問した。
 そこで、3カ月間の休職期間が終わるのと同時に、思い切って会社を辞めた。「社会問題解決を目指す日本一周の旅をしたい」と掲げてクラウドファンディングで集めた263万円を資金に、2021年に自転車で全国一周をスタートした。その原点は、自らもかつて抱いた「メンタル不調に対する否定的なイメージを払拭したい」との願いだ。行く先々で自分の経験を語ろうと決意した。
 ただ、はじめは相手にされなかった。特技のバスケットボールを持ち歩き、訪問先の学校やクラブチームでスポーツ交流にも挑戦した。新聞やテレビに取り上げられ、徐々に講演の機会が増えた。自転車の全国一周を終えた2022年夏以降も講演活動を続け、学校や福祉施設など、これまでに約30カ所で話をした。

 ▽4人に1人が心の病に、若者や働き盛りの人も
 国立精神・神経医療研究センター精神保健研究所によると、4人に1人が生涯を通じて心の病になると言われている。原さんのように再発に苦しむ人も多い。
 厚生労働省によると、2020年に精神疾患で通院した人は、認知症などの高齢者を含め約586万人。このうち、25歳未満が全体の13・5%に当たる約79万人、25~34歳が9・2%で約54万人、35~44歳が13・3%で約78万人と若者や働き盛りの人も目立つ。
 仕事でストレスを抱える働き手は多い。厚労省が2022年に実施した調査では、労働者の82・2%が「強い不安や悩み、ストレスを感じる」と回答している。内容は「仕事の量」「仕事の失敗、責任の発生」「仕事の質」が多かった。
 メンタル不調が原因で休業、さらには退職する人も少なくない。事業所を対象にした調査では、過去1年にメンタル不調で1カ月以上休業もしくは退職した労働者がいた割合は13・3%。事業所内の労働者のうち、1カ月以上休業した人の割合は0・6%だった。

 ▽筆者も…多くの人が同様に苦しんでいる
 実は筆者もコロナ禍の海外単身赴任中に人間関係などに悩んでメンタル不調に陥り帰国後、一時仕事から離れていた。当時、東京都内のクリニックに通院。処方薬を服用し、日中を自宅などで過ごした。将来に漠然とした不安を感じていた。
 初めてのメンタル不調に戸惑いながらも関連書を手探りでいくつか読み、多くの人が同様に苦しんでいることを知った。そんな中、手にした新聞で原さんの活動を伝える記事が目に留まった。筆者は家族や友人をはじめ、職場の先輩や産業医ら多くの人にたびたび相談にのってもらった。幼い子どもの育児をしながらも、徐々に生活のリズムを取り戻すことができた。
 その後、トラブルが続いた就労環境を変えてもらい職場に復帰。短時間勤務などを経ながら仕事にも慣れていった。仕事が落ち着いたころに、改めて原さんの講演を直接聞いてみたいと思い、連絡を取った。すると心の病について啓発する10月10日の「世界メンタルヘルスデー」を前に、自宅のある大阪府から埼玉県に出向いて講演すると知らされ取材を申し込んだのだった。

「世界メンタルヘルスデー」でライトアップされた東京タワー=2023年10月10日夜、東京都港区

 ▽「大きな失敗」も「成長の糧に」
 バレーボール元女子日本代表の大山加奈さん、2016年リオデジャネイロ五輪の競泳男子金メダリスト、萩野公介さんら著名人がメンタル不調をオープンにするなど、心の不調に対するイメージは近年、少しずつ変わりつつある。とはいえ、社会の否定的なイメージは根強く、周囲に打ち上けられずに1人で抱え込み、苦しむ人が少なくない。
 原さんもその1人だった。当初は「二度と復調しないのでは」と思い込んでいたのだ。幸いにも、休職中に偶然、同じような不調を経験した地元の友人に悩みを聞いてもらうことで、立ち上がるきっかけをつかめたと言う。
 講演では、そうした経緯を包み隠さずに話す。「死にたいと思った。死のうとしてしまった」「自分のおなかを痛めて僕を産んで、一生懸命育ててくれた母親を泣かせてしまった」「チームメートにも、とてつもなく心配をかけた」
 そんな学生時代の「大きな失敗」が、今では「成長の糧」になったと思える。旅先で出会った人々に自らの経験を語り「すごく心が軽くなった」などと言われたのも自信につながった。
 伝えたいのは「誰もが心の病気になり得るし、何回でもやり直せる」ということ。苦しい時には「そういえば昔、自転車に乗った変なお兄さんがいたなって思い出し、誰かに助けを求めてほしい」

 ▽取材後記
 筆者も不調を経験して思い悩んだ。そんな時に周囲に相談してよく言われたのは「仕事はほどほどに」との言葉。「仕事は誰かが交代できる。自分しかできないなんて決して思わない」。そんな言葉を聞いて気持ちが楽になったのを覚えている。
 ただ、果たしてこの経験を通じていつか「成長」したと思えるようになるのだろうか。回復した今でも、体調に一抹の不安を覚える時がたまにあるし「不調に陥ってなければ」と考えてしまうこともある。
 最近、意外な人たちから「実は私も…」「私の家族が…」と打ち明けられることが続いた。
 そうした言葉を聞くと、不調に苦しむ人がいかに自分の周囲にも多いことに気付かされる。それと同時に、これまでは目を向けることが少なかった人々の苦しみに思いをはせている自分にも気付いた。同様の経験をして、少なくともメンタル不調を身近な問題として、とらえられるようになったのかもしれない。

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