インフルエンサーが生み出す新たなファッション、「本当に作りたい服」をSNSで実現 デザイン類似で「炎上」リスク、ファッションローの知識も必要に

新作のサンプルについて話し合うインフルエンサーのAyaさん(左)とデザイナーの森住恵美子さん=9月21日、東京都江東区

 ファッションの新たなトレンドが交流サイト(SNS)から生まれている。その主役は「本当に作りたい服」にこだわり、自身のブランドを立ち上げたインフルエンサーたちだ。世の中にはファストファッションの企業が手がける「安くて売れる服」があふれているが、20世紀を代表する女性デザイナー、ココ・シャネルのように、デザイナー個人が脚光を浴びる時代に回帰する可能性があるかもしれない。

 インフルエンサーが手がけるブランドは、その世界観が好きなフォロワーが購入することで、独自の経済圏を形成しやすい。だが一方で、インフルエンサーが手がける服のデザインが他者のデザインに似ているとしてSNS上で「炎上」する事例も相次ぐ。(共同通信=小林まりえ)

 ▽大手企業とのコラボで自身の役割に葛藤
 2023年9月末時点で22万人のフォロワーを抱えるインフルエンサーのAyaさん(46)は専業主婦だった10年ほど前に、友人とインスタグラムを始めた。美容アイテムや服のコーディネートを紹介していたところ、2016年にアパレル大手企業から商品のコラボレーション企画を持ちかけられ、初めて服作りに携わった。

 だが作業を共にするうちに、自分の作りたい服のイメージとメーカー側が売りたい服のイメージにずれが生じた。Ayaさんは「メーカー側はブランドの認知度向上が目的で、(商品自体を良くするための)自分のスパイスは必要ないのでは」と葛藤した。

 そんな中で知ったのが老舗の縫製会社のテラオエフ(兵庫県尼崎市)だった。「作りたいものを作れる」と確信し、2019年8月に「un number」のブランドを立ち上げた。年齢にとらわれずにファッションを楽しめるように、という願いを込めた。Ayaさんのインスタグラムでブランドのネットショップのサイトを紹介し、写真や動画を参照しながら購入できる仕組みだ。

 un numberの商品開発は、Ayaさんがざっくりと新作の絵を描き、テラオエフのデザイナー森住恵美子さん(56)が服の型に起こす。型や生地、編み方を記した仕様書を海外の協力工場に送り、出来上がったサンプルを確認して、再度手直ししながら完成を目指すという流れだ。

展示会で服飾素材を見るAyaさん=9月21日、東京都江東区

 ▽「渾身の1着」ワンピースがヒット作に
 2023年9月に東京ビッグサイト(東京都江東区)で開かれた服飾素材の展示会で、Ayaさんと森住さんが新作のサンプルとにらめっこしていた。「ベルトに裏地が付いているとしわが目立つのでなくそう」「あと数センチ切ったらバランスがいいね」。Ayaさんのひらめきを、森住さんの技術的な知識で服の型に落とし込んでいく。

 1回のサンプルでイメージ通りのものが出来上がるときもあれば、3~4回やりとりすることもある。Ayaさんは「商品は店舗で実際に手に取れるわけではない。『これ、かわいいでしょう』という私の気持ちが写真や動画に乗らないと、お客さまに伝わらない」と妥協はしない。

 高級ブランドのファッションショーは必ず見て流行を押さえつつ、フォロワーの日常に溶け込みやすい商品を目指している。現在20歳と18歳の子どもを育てた経験を生かし、「授乳中でも使えるデザイン」や「水をはじきやすい生地」といった具合だ。もちろん、三角形の襟をつけたり、前後を変えても着られるようにしたりと、自身のセンスが光る提案も忘れない。

ヒットしたワンピース。モデルはAyaさん(テラオエフ提供)

 ブランド立ち上げから3年間は「売れてはいたものの、直感的な服作りでお客さまに寄り添えていなかった」という。Ayaさんは「(自分が作りたいのは)売れるための服ではない」と気づき、当初掲げた「1カ月に新作を4着作る」といった目標を見直し、森住さんと相談して「渾身の1着を作る」ことに方針転換。1万4千円のワンピースが、それまでに販売した複数の商品の売り上げに相当するヒットにつながったという。

 Ayaさんは「インフルエンサー自身の魅力だけではブランドは続かない。お客さまの生活を想像し、高揚感を持って着てもらえるよう、もう一歩先の提案をしている」と話す。出店費用が掛からないため、販売価格が抑えられるのも特徴だ。「ユニクロ」や「ジーユー」といったファストファッションと組み合わせて紹介することも多い。

ミシンをメンテナンスする、テラオエフの寺尾政己社長=9月22日、兵庫県尼崎市(テラオエフ提供)

 ▽個人でもネット通販の運営が簡単に
 テラオエフの寺尾政己社長(58)は「個人がデザインし、発信できる時代になった」とみる。企業が安いコストで「売れる服」を作る時代は雑誌で紹介された服を着ていれば消費者にも安心感があったが、現在はSNSの影響で着こなしも多様化したと考えている。

 テラオエフは1962年に子供服の縫製会社として創業。寺尾社長は2代目だ。バブル崩壊後、アパレル大手ではコスト削減のため内製化をやめる動きが広がり、テラオエフは2007年に相手先ブランドによる生産(OEM)事業に乗り出した。裁断から縫製まで一貫してできる環境が強みで、トラブルへの対応も早いと自負する。

 寺尾社長は少子高齢化でレディースファッション市場が縮小していくのは避けられないと判断。インターネットを活用した事業構造改革を進め、2017年にインフルエンサー向けの事業を始めた。当時の売上高比率は既存の大手アパレル企業向けが7割だったが、2022年にはインフルエンサー向けが9割を占めるまでに変化した。

 インフルエンサーのブランドが活気づく背景には、個人が簡単にネット通販を始められるサービスの普及もある。主に個人向けのネットショップの開設を支援するBASEでは2023年6月末にショップの開設数が累計200万を超えた。BASEの山村兼司最高執行責任者(COO)は「個人が世界観を打ち出して、共感できたファンが購入している」と分析する。

 経済産業省の調査によると、2022年の日本の電子商取引(EC)化率は約9%で、市場の伸びしろは大きい。商品化するまでの過程をSNSで紹介することで注目を集めて売り切るなど、従来のアパレル業界にはない売り方も展開されている。山村COOは「就職せず、ネットショップで成功するという選択肢も今後あり得る。個人発のブランドはまだまだ増える」と予測する。

 ▽模倣に対する業界の意識は高くない

弁護士とファッションエディターを兼務する海老沢美幸さん=10月4日、東京都千代田区

 弁護士でありながら、ファッションエディターの顔を持つ海老沢美幸さん(48)は「個人の力が強いということは、個人が法律の問題に直面するリスクが高まっているということだ」と指摘する。海老沢弁護士によると、ファッションはさまざまな文化やデザインを取り入れて発展したもので、「オマージュ」や「インスパイア」といった手法が使われるなどアパレル業界全体として模倣に対する法的意識が高いとは言えないという。

 それがSNSの普及で「デザインが似ている」として比較する画像が投稿され、炎上する案件が増えた。インフルエンサーらが模倣に関する法律の知識が不十分なまま、安易に既存商品のデザインをまねしたり、人気商品に似たデザインのものを海外から買い付けたりするといったケースが多いという。

 デザインの模倣は、事案によって関係する法律は異なる。
例えば、衣服の形態を模倣した場合、不正競争防止法などが関わる。不正競争防止法では、模倣とは「他人の商品の形態に依拠して、これと実質的に同一の形態の商品を作り出すこと」を指し、模倣を生まない対策が必要だ。

 具体的には、商品化する前に多くの人の目を通すのが鍵だという。ネット上にはデザインがあふれており、不注意で他人のものが紛れることもある。「あのデザインに似ている」などの意見が集まりやすい。

 なぜそのデザインに至ったのかを記録しておくことも必要だ。どういったものからヒントを得たのかの資料を整理し、保管しておく。万が一、他者から指摘があった際に「まねしていない」との反論材料にもなる。「法律上、模倣とは言えないまでも炎上してしまうケースがあり、これらの方策は炎上を防ぐためにも有効だ」という。

 ファッション産業に関わる法知識には商標権や意匠権なども含まれ、関連する法分野は「ファッションロー」と呼ばれる。海老沢弁護士は法律問題に直面した場合の相談窓口を立ち上げた。「創造性を発揮するためにも、法律的な知識を身につけてほしい」と呼びかけている。

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