北米では世界遺産を避けて地下へ、路面〝電車〟でもない? 宇都宮ライトレール開業で注目のLRT「鉄道なにコレ!?」【第51回】

By 大塚 圭一郎(おおつか・けいいちろう)

O―トレインのオタワを東西に結ぶコンフェデレーション線の超低床電車=2023年9月28日(筆者撮影)

 栃木県で8月26日に開業した次世代型路面電車(LRT)の宇都宮ライトレール(愛称ライトライン)は、1997年に廃止されたJR信越線横川(群馬県)―軽井沢(長野県)間にあった碓氷峠(うすいとうげ)に迫る急勾配が注目を浴びた。一方、北米のLRTでも地下に潜って国連教育科学文化機関(ユネスコ)世界遺産の名所の下をくぐったり、路面電車の一部という定義に当てはまらない運行形態だったりと個性的な路線がひしめいている。(共同通信=大塚圭一郎)

※筆者が音声でも解説しています。各種アプリで、共同通信Podcast【きくリポ・鉄道なにコレ!?特別編7】を検索してお聴きください。

O―トレインのコンフェデレーション線の超低床電車内=2023年9月28日、オタワ(筆者撮影)

 【LRT】英語の「Light Rail Transit」の頭文字の略で、「次世代型路面電車」などと呼ばれる。都市部では自動車と共用する併用軌道を走り、線路を敷設できる用地がある近郊区間ではLRT車両だけが走る専用軌道を設けることが多い。近郊の住宅街から都市部へ向かう通勤通学客らが利用しており、近郊の停留場を発着する路線バスと乗り継いだり、隣接した駐車場に止めたマイカーと乗り換える「パーク・アンド・ライド」を活用したりするケースが目立つ。
 米国とカナダの北米では約30都市圏でLRTが走っており、導入した都市では中心部へ流入する自動車が減り、脱炭素化が進むといった効果が出ている。公共交通機関としては建設費が比較的低いのも利点で、国土交通省によるとLRTの一般的な整備費は1キロ当たり20億~40億円と、モノレール・新交通システムの100億~150億円、地下鉄の200億~300億円を大きく下回る。

オタワ中心部の地下にあるリドー停留場=2023年9月28日(筆者撮影)

 ▽カナダ版「グリーンムーバーマックス」!?
 宇都宮駅東口と芳賀・高根沢工業団地(栃木県芳賀町)の14.6キロを結ぶ宇都宮ライトレールには最大で60パーミルと、1000メートル進んだ場合に60メートル登る勾配がある。碓氷峠の最大勾配だった66.7パーミルに迫り、急な坂を上り下りする様子が注目を浴びている。
 同じようにLRTがかなり起伏のある勾配を通るのを、筆者は今年9~10月に訪れたカナダの首都オタワで体験した。オタワ・カールトン地域交通公社(OCトランスポ)が運行するLRT(愛称「O―トレイン」)のオタワを東西に結ぶ12.5キロの路線「コンフェデレーション線」が、途中のオタワ大学停留場から西へ向かう際に坂を下って地下に潜ったのだ。
 この路線は2019年9月に開業した。お年寄りや車いす利用者らが乗降しやすいように客室床面を低くした超低床電車を造ったのはフランスの鉄道車両メーカー大手、アルストムだ。四つの車体が連なった編成を2編成つないで運行している。
 カナダ国旗をほうふつとさせる白と赤で装飾したコンフェデレーション線とは色使いが異なるものの、外観は広島電鉄が路面電車に運用している5100形「グリーンムーバーマックス」と似ている。
 そんな路面電車風の車両が地下区間へと入り、中心部では地下鉄のように運用しているのが面白い。地下を走る構造になったのは、オタワの代表的な観光スポットとなっているユネスコの世界遺産「リドー運河」が影響している。

ユネスコ世界遺産のリドー運河=2023年9月29日、オタワ(筆者撮影)

 ▽世界遺産の下、地中に潜るLRT
 リドー運河はオタワとオンタリオ湖畔の古都キングストンの202キロを結んでおり、「米英戦争後に米国が侵略してきた場合の防衛のために6年間という比較的短期間で造られて1832年に完成した」(管理するカナダ国立公園局)という。「オタワ中心部ではリドー運河以来の大規模な輸送インフラ」(オタワ市)と位置付けられたコンフェデレーション線の建設で難関となったのが、リドー運河の存在だった。
 オタワ中心部のリドー運河に架かる橋は自動車の通行量が多く、ただでさえ渋滞も起きている中でコンフェデレーション線の複線の線路を設けて車線を減らす余裕はない。周囲には連邦議会議事堂の改修のために議会上院が暫定的に使っている旧オタワ中央駅舎、まるで城のようなたたずまいの名門ホテル「フェアモント・シャトー・ローリエ」といった歴史的建造物がひしめいているため鉄道橋を新設する空間もないのが実情だ。
 そこでコンフェデレーション線は中心部では地下を走る構造となり、世界遺産を見上げるように運河よりも深い地中を通ることになった。

ボストンの次世代型路面電車(LRT)のグリーンライン=2016年9月、筆者撮影

 地下に乗り入れるLRT路線はカナダの隣国で、筆者が駐在している米国にもある。東部マサチューセッツ州ボストンや西部カリフォルニア州ロサンゼルス、ニュージャージー州ニューアークが一例で、これらの路線では日本の鉄道車両メーカー、近畿車両(大阪府東大阪市)が製造した電車が活躍している。

米シアトル都市圏のサウンドトランジットを走る近畿車両製の超低床電車=2021年8月1日、シアトル(筆者撮影)

 ▽ディーゼルエンジンで走る路面〝列車〟
 O―トレインはコンフェデレーション線のほかに途中のベイビュー停留場で接続し、2024年4月のオタワ国際空港などへの延伸開業を目指しているトリリウム線がある。ともにいわゆるLRTの路線だが、日本語で「次世代型路面電車」と称される定義にはどちらも当てはまらない。
 というのも、O―トレインには自動車と道路を併用する路面電車のような区間が全くないからだ。いずれも電車だけが通る専用軌道を設けており、地上に線路を敷いている区間のほかに地下に潜ったり、高架橋を走ったりする部分もある。

NJトランジットのリバーラインの列車から見たデラウェア川=2023年9月28日、米ニュージャージー州(筆者撮影)

 しかもトリリウム線は電化しておらず、運転している車両はディーゼルエンジンで走るので「電車」でもない。同じようにディーゼルエンジンを搭載した列車が走っているのが、米東部ニュージャージー州の運輸公社NJトランジットが運行する「リバーライン」だ。デラウェア川に沿って州都トレントンとカムデンの約55キロをつないでいる。
 スイスの鉄道車両メーカー、シュタッドラー・レールが製造した列車は三つの車体で構成され、両端の車体には運転席がある乗務員室と客席を配置している。真ん中の車体にディーゼルエンジンを搭載しており、扉で区切られた両端の車体と行き来できる通路を走行中に歩くと「ゴー」という音が鳴り響いていた。エンジンから排出する熱気がこもっていることもあり、エンジンに囲まれた真ん中の車体に居座る乗客は見当たらなかった。

NJトランジットが運行するリバーラインの列車=2023年9月28日、米ニュージャージー州(筆者撮影)

 ▽世界初の浮き橋通行
 一方、米西部ワシントン州シアトル都市圏では世界で初めて浮き橋の上を通るLRTが2025年に営業運転を始める予定だ。運輸公社サウンドトランジットの路線がシアトルからレッドモンドまでの東西約22キロを結ぶ計画で、途中のワシントン湖では約2キロの浮き橋を通ることになる。

 建設中の線路と併走する州間高速道路「90号線(I―90)」が浮き橋を採用しているのに合わせたが、サウンドトランジットの担当者は「湖の水位によって高さが変わる浮き橋に線路を敷くのは難しかった」と打ち明ける。
 当初は2023年の完成を目指して工事が進められていたが、工事部分の品質問題が見つかったため延伸区間全体の開業は25年にずれ込む見通しになった。
 運転開始後には近畿車両が製造した超低床電車が最高時速88キロで走る予定だ。浮き橋を通る際にはまるでジェットスキーで湖上をスピーディーに滑るような気分を味わえる可能性もあり、走り始める日が今から楽しみだ。

米シアトル都市圏でワシントン湖に架けられた浮き橋。手前が建設中のサウンドトランジットの線路=2021年8月1日(筆者撮影)

 ※「鉄道なにコレ!?」とは:鉄道と旅行が好きで、鉄道コラム「汐留鉄道倶楽部」の執筆者でもある筆者が、鉄道に関して「なにコレ!?」と驚いた体験や、意外に思われそうな話題をご紹介する連載。2019年8月に始まり、ほぼ月に1回お届けしています。ぜひご愛読ください!

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