【2023年全日本大学グレコローマン選手権・特集】「グレコローマンの早大」時代の到来か、1年生王者を含めて3選手が優勝

 世界王者誕生も珍しいことではなくなり、目覚ましい活躍を見せている日本の男子グレコローマン。その原動力となっている大学は、日体大であり、拓大、山梨学院大、専大などだ。2023年全日本大学グレコローマン選手権は、早大から3選手が優勝。周囲を驚かせる(?)結果を出した。

 優勝したのは、82kg級で掛川零恩(1年=山口・豊浦高卒)、87kg級で玉岡颯斗(4年=群馬・館林高卒)、97kg級で北脇香(2年=山梨・韮崎工高卒)。玉岡は昨年同級2位で、8月末の全日本学生選手権82kg級の王者なので、想定内の優勝と言えよう。下級生の2人は、JOCジュニアオリンピックの王者ではあるものの、大学王者に手が届くことは厳しいと思われていたのではないか。

 だが、掛川は昨年2位の4年生を、北脇は今年の全日本学生選手権2位の3年生を、それぞれ決勝で破っての優勝。強豪上級生を破っての優勝だけに、価値ある3階級制覇となった。

▲優勝した3選手と岡田英雅監督。左から玉岡颯斗、岡田監督、掛川零恩、北脇香=撮影・矢吹建夫

 これまで、同大学からもグレコローマンの大学王者や学生王者(全日本学生選手権優勝選手)は生まれていた。2013年大会には、今大会と同じく3階級で王者が生まれている(中井堅太、北村公平、前川勝利)。

 自衛隊へ進んで世界選手権に出場した選手もいれば(花山和寛)、アジア選手権2位にまで駆け上がったOB選手もいる(大阪昂)。今年のアジア選手権と世界選手権55kg級には、2年生の尾西大河が出場した。

 しかし、山口剛山﨑弥十朗らフリースタイルの強豪が、その器用さからグレコローマンでも勝ち抜いたケースも少なくなかった。それゆえか、「フリースタイル主体のチーム」というイメージが強いのも事実だ。今大会で勝ち抜いたのは、いずれもグレコローマンを中心にやっている選手。「グレコローマンの早大」の幕開けも予想される結果となった。

チームカラーは「個々の選手に目標と自覚を持たせ、考えながらの練習」

 岡田英雅監督は、「グレコローマンの早大、を目指してきたのですか?」との問いに、「いや、そんなことはありません」と苦笑い。強調したのは、「選手の自主性を重んじ、選手の特色に合わせた強化」という方針。フリースタイルで行われるリーグ戦で勝つためには、フリースタイルの強豪を育成したいところだが、グレコローマンが向いていて、その方向が希望なら、その気持ちを尊重する。

 「個々の選手に目標と自覚を持たせ、考えながらやらせることが、ウチの特徴であり、特色です。今年は、それがしっかりできて結果に結びついていると思います」と言う。

 もちろん、グレコローマンの技術が身についていなければ、グレコローマンに特化して練習している選手を相手に勝ち抜くことはできないだろう。技術のマスターは、よく合同練習する青山学院大の長谷川恒平監督(2012年ロンドン・オリンピック代表)から教わり、この夏は自衛隊で合宿練習させてもらい、世界で通じる技術を学んでいる。それを所属に持ち帰り、選手同士で研究しながら実力養成につなげていると言う。

▲全日本学生選手権の3階級制覇(各スタイル1)に続いて好成績を挙げた早大

 「部員が少ないですから、外に練習相手を求めています」とも話し、他大学との積極的な交流や、OB、OGに加え他大学の卒業生、海外選手の受け入れなども実力アップの要因と見ている。2年生にして世界選手権に出場した尾西の存在は、「刺激されているとか、ライバル意識、というより、チーム全体で実力をアップするんだ、という団結力につながっていると思います」と分析した。

昨年のリベンジを果たして学生二冠王の玉岡颯斗

 学生二冠王者に輝いた玉岡は、準々決勝で昨年の決勝で敗れた髙橋夢大(日体大=全日本学生選手権王者)にリベンジしての優勝。決勝の市川アンディ(神奈川大)戦は無失点に抑え、一日の長を見せた。

 髙橋へのリベンジは1年ごしの悲願。昨年の対戦は4点をリードしながら逆転負けを喫した。「その二の舞はごめん」とばかりに、先制して一気にポイントを重ねテクニカルスペリオリティ勝ち。「ポイントを取ったあと、さらに取るんだ、という練習を積んできました。それができたのは、成長の証(あかし)だな、と感じています」と満足そう。

 今大会はチーム事情で87kg級での出場だったが、12月の全日本選手権は82kg級に戻し、「絶対に優勝したいです」と気合を入れた。

▲学生二冠を制覇。12月に全日本王者を目指す玉岡颯斗=撮影・矢吹建夫

 北脇は「早稲田から3人が決勝に進み、2人が優勝して、自分が最後の試合。いい締めができれば、という気持ちでした」と話し、ホッとした表情。JOC杯での優勝はU20世界選手権出場につながるので、すぐに気持ちがそちらに行ったそうだが、この大会は日本代表につながらないので、「まだ実感がないです。家に戻ってから、優勝を感じることになりますね」と笑った。

 決勝の相手の中原陸(大東大)には、昨年の全日本選手権と今年の全日本学生選手権で、いずれもテクニカルスペリオリティで負けていた。「正直なところ、勝てると思っていなかった、というか、どこまでできるかな、という気持ちでした」と、試合前の気持ちを話す。しかし、この大会は1回戦から自分の技でポイントを取ることができていて、「いい流れができていました。決勝もその感じでやりました。気持ちの持ち方なんでしょうね」と振り返った。

 試合中、Vサインを出してポーズをとるなど、「不謹慎だ」と思う人もいるかもしれない。逆転負けしたら「そんなことやっているからだ」との声も挙がるだろう。これに対しては、「緊張する方なんで、自分を落ち着かせ、セコンドの顔をしっかり見るためです。リラックスするため、こうしたやり方もありでしょう」と説明する。ただ、「いつもやろうとは思いませんけど」と笑った。

▲決勝は分の悪い相手だったが。リードしたあとは余裕十分の北脇香=撮影・矢吹建夫

「練習での“勝率”はすごく低いんです」…1年生王者の掛川零恩

 1年生王者に輝いた掛川は「先輩たちとの練習の成果が出て、率直にうれしいです」と快挙の感想。3人の中の先陣だったので、「流れを作る」という気持ちがあったという。決勝はローリングを連発してのテクニカルスペリオリティ勝ちだったが、作戦は「6分間闘って体力で勝つ」だったと言う。もちろん、チャンスをものにして一気に攻める勝ちパターンも考えており、“第2の作戦”が当たった形だ。

 82kg級は玉岡が学生王者になった階級。先輩が、より強豪の多い87kg級に上げてこの階級の出場を譲ってくれたことになり、「何がなんでも勝たなければ」という気持ちが大きかったそうだ。

 1年生王者については、「周りが強い先輩ばかりなので、練習での“勝率”はすごく低いんです。まだ追い上げるという立場です」と謙虚に受け止めている。この栄光におごってしまうことのない環境下で、さらに上を目指すことが期待される。

▲早大の先陣を切って優勝、流れをつくった掛川零恩=撮影・矢吹建夫

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