「曲がる太陽電池」ノーベル賞の期待もかかる日本発技術の驚くべき実力とは 海外は早くも量産化競争、日本が取るべき方策は?

ペロブスカイト太陽電池を手に持つ開発者の宮坂力氏=9月14日、横浜市

 世界的に導入が急拡大する太陽光発電で、日本メーカーは2000年代に世界シェアを独占した。だがその後、圧倒的な資金力を誇る中国勢の前に敗れ去った。今、市場挽回の切り札として注目されるのが、日本発の「ペロブスカイト太陽電池」だ。軽くて薄く、折り曲げられるため、建物の壁面や窓にも貼れる。

 太陽光発電を活用する場が広がるため、脱炭素社会実現の切り札として期待される。ノーベル賞候補にも挙がる次世代技術はどのようにして生まれたのか。技術で先行しながら市場で後れを取った過去の失敗を繰り返さないために取るべき方策は何なのか。関係者に取材した。(共同通信=坂手一角、折原恵理)

 ▽学生の一言で始まった研究、遊び心が大きな成果を生んだ
 9月14日、あざみ野駅(横浜市)から車で15分ほどの高台に位置する桐蔭横浜大を訪ねた。ペロブスカイト型の生みの親の一人とされる宮坂力特任教授(70)に話を聞くためだ。白い半袖ワイシャツ姿の宮坂氏は、普段から携帯しているという名刺サイズのペロブスカイト太陽電池を曲げながら見せてくれた。

ペロブスカイト太陽電池で作った電気で回るプロペラ=9月14日、横浜市

 研究は大学院生だった小島陽広さんの発案がきっかけで、2006年に始まった。光エネルギーの何%を電気に換えられるかを示す「発電効率」は2009年時点で3%台だったが、工夫を重ねることで性能は向上。2012年に10%台に達したと米科学誌「サイエンス」で発表し、国内外で注目を集めた。

 宮坂氏は富士フイルム出身で、太陽電池の研究をしていた。「せっかく富士フイルムにいるのだから、写真のネガのように曲げられるフィルムのような電池をつくろう」と思っていた。ちょっとした遊び心もあった。桐蔭横浜大には2001年に移り、今ではノーベル賞受賞の可能性も取りざたされている。

 ▽最大の魅力は薄さ、壁にも貼れ爆発的な普及も期待
 ペロブスカイトは結晶構造の一種。ヨウ素や鉛などを原料とした結晶で構成する膜に、光が当たると電子などが動き発電する仕組みだ。

 従来の太陽光発電はシリコンが材料で、厚く重量もあるのに対し、ペロブスカイトは厚さが約0・2ミリと約50分の1の薄さが特徴だ。製造コストは現時点では割高だが、量産技術が確立していけばシリコン型の半分にまで低下するとの予測もある。

 この薄さがペロブスカイト型の最大の魅力で、ビルの壁面など従来では無理だった場所に設置でき、太陽電池の爆発的な普及が期待されている。シリコン型は普及が進むにつれ景観や安全性を巡って地域住民の反発を招くこともあったが、そうした課題を解決する可能性がある。ペロブスカイトを溶かした溶液を塗って乾燥させれば簡単に薄膜がつくれるため、印刷技術で電池がつくれるのも魅力だ。

 もう一つの強みはわずかな光でも発電できることだ。宮坂氏は「シリコン型は早朝や夕方に発電できず、悪天候にも弱い。ペロブスカイト型はそうした時間帯も発電できる」と利点を語る。課題は発電効率が従来のシリコン型にはまだ追いついておらず、薄い故に耐久性には難がある点だ。

 ▽トヨタはEV搭載を構想、パナソニックや積水化学、ベンチャーも参戦
 国内では、積水化学工業がペロブスカイト型の2025年実用化を目指し、東京都の下水処理施設で実証実験に着手。発電状況や耐久性を検証中だ。2025年大阪・関西万博でも照明用電力として活用する。耐久性についても、積水化学はこれまでの研究開発で耐用年数を10年相当まで高め、フィルムをロール状にして加工する量産技術も確立した。

積水化学工業のペロブスカイト太陽電池の製造工程

 パナソニックホールディングス(HD)は、ガラス建材とペロブスカイト型の発電膜を一体化させた「発電するガラス」を開発。8月から神奈川県藤沢市の「藤沢サスティナブル・スマートタウン」の住宅バルコニーに設置して実証実験を始めた。2028年までに実用化する。

パナソニックホールディングスが開発したガラス建材一体型太陽電池

 トヨタ自動車とタッグを組み、EVへの搭載を目指しているのが、京都大発ベンチャーのエネコートテクノロジーズ(京都府久御山町)だ。トヨタは現在、「プリウス」のプラグインハイブリッド車(PHV)でシリコン型太陽電池を屋根に付けるオプションを提供している。年間約1200キロメートル走行分の電力を生み出すという。

 ペロブスカイト型にするとボンネットやドアにも貼れる可能性がある。エネコートの加藤尚哉社長は「パネルの出力も高めて発電量をシリコン型の数倍に増やしたい」と意気込む。近距離だけの「街乗り」なら、ほぼ充電不要になる計算だ。

エネコートテクノロジーズの加藤尚哉社長=9月22日、京都府久御山町

 ▽シリコン型で敗北した日本勢、実用化で先行する海外に政府支援で巻き返しなるか
 太陽光発電を巡っては、日本は苦い経験がある。シリコン型は2000年代に三洋電機(現パナソニックHD)やシャープ、京セラなどが世界シェアの上位を占めたが、その後中国勢が圧倒的な巨額投資で市場を席巻し、日本企業は敗れ去った。

 調査会社の富士経済によると、ペロブスカイト型の世界市場規模は2035年に1兆円に達する見通し。海外勢ではポーランドの「サウレ・テクノロジーズ」が2021年に工場を開設。中国の「大正微納科技」も2022年に大型パネルの生産を始めており、実用化で日本勢は先を越されつつある。

 国際競争に勝ち抜くため、政府も支援に本腰を入れる。岸田文雄首相は4月「日本が強みを持つ技術、材料を生かし、早期の社会実装を目指す」と表明。8月には開発支援額を648億円に増やす方針を決めた。

 政府はエネルギー安全保障の観点からも注目している。ペロブスカイト型の主原料であるヨウ素は日本が世界2位の生産国で安定調達が見込めるためだ。従来型の主原料である結晶シリコンは中国が主産地で、国際情勢によって供給が不安定になる恐れがある。

 日本発の技術でも、フラッシュメモリーのように他国にシェアを奪われた事例はバブル崩壊後の日本の産業界で日常化した。ペロブスカイト型太陽電池でも同じ轍を踏むのか、日本の本気度が試されそうだ。

屋外に設置された積水化学工業のペロブスカイト太陽電池

 ▽開発者「日本勢は中国に勝てる」、メーカーの投資がカギ
 開発者の宮坂力・桐蔭横浜大特任教授に、今後の展望を聞いた。

 ―国産化が期待されている。
 「原料が日本産で安いため、製品も国内で作りたい。フィルム印刷後に結晶ができる反応を制御するのが非常に難しいが、日本企業はこの技術に強みがあり、中国に勝てると思う。」

 ―実用化は中国が早そうだ。
 「中国政府や個人による巨額投資が背景だ。基礎研究よりも先に生産設備を造って、良品比率や売り上げの見通しが不透明なうちから商品にしている。作りながら変えていくスピード感がある」

 ―日本企業の課題は。
 「企業が収益や価格競争力を出すには1ギガワット以上の大量生産が必要だ。積水化学工業や東芝、カネカなどのメーカーがそれだけの投資を販売前からできるのか。決断は難しく、政府が初期投資を支援する必要がある」

名刺サイズのペロブスカイト太陽電池とプロペラを持つ宮坂力氏=9月14日、横浜市

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