子どもを助けた教員が犠牲に・・・紙芝居で語り継ぐ100年前の大水害 悲劇を繰り返さないために【わたしの防災】

増水した川に転落した児童を助け、かわりに教員が命を落としたという100年前の悲しい出来事が浜松市の小学校に伝わっています。この悲劇を風化させないように、子どもたちが当時の様子を紙芝居にして語り継いでいます。

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<紙芝居>
「昭和2年5月2日、前日からの大雨で都田川の水の量は増していました。都田小では午前9時30分に授業をやめ、下校することになりました」
「河西先生は川に近い須部方面の子どもたちに付き添っていきました」
「川からの水がものすごい勢いで道をこえて北側の田んぼに流れ込んでいて、一面が泥水のようになっていました」

浜松市立都田小学校です。学校の近くを流れる都田川は氾濫や堤防の決壊など、水害を繰り返してきました。

今から、およそ100年前、この学校に赴任した河西哲英は、都田川が大雨で増水したことを懸念し、授業を切り上げて子どもたちを下校させることにしました。

<紙芝居>
「6年生の女の子が激しい流れに目がくらんだのか、県道の北側の川に落ちてしまいました」
「河西先生はすぐに飛び込み、女の子を左わきに抱え戻ろうとしましたが、水の勢いが強くて戻れません」
「あと少しというところで急に先生の姿が見えなくなってしまいました」

女の子は助かったものの、河西先生は川の底で発見されました。

都田小学校の6年生は、川西先生が亡くなった5月上旬の献花式に合わせ、毎年、紙芝居を下級生に披露しています。学校では、校舎内に河西先生の記念館を設け、災害への意識を高めるようにしています。

<浜松市北地域まちづくり協議会 柴田宏祐さん>
「これが河西訓導(先生)の殉職の碑です。この碑って意味が分からなくなってね来ているんですよ。だから今度、私たち街づくり協議会でここへ看板を作りまして」

地元の街づくりに取り組む柴田さんは、約100年が経過し、薄れゆく記憶を何とかつないでいこうと、このほど看板を設置しました。看板には、イラストで引率した教員の名前や下校する児童の様子が詳細にかかれています。

<柴田さん>
「こういうことが起こらないように、それこそ集中豪雨の時代ですので、そのままの地形がずっと残ってます。ここを見て教訓にしてほしいなと思います」

<紙芝居>
「愛する妻と子どもを残し、河西先生は帰らぬ人になってしまったのです」
「お葬式は5月26日都田小学校の校庭で、村中の人が出席して行われました。お葬式に出た人は3000にもいたそうです」
「これで河西先生のお話しを終わります」

<6年生>
「河西先生は命の大切さについて考えるきっかけを与えてくれたと思います」
「これからも最上級生が災害の恐ろしさや命の大切さを下級生に伝えていってほしいです」

地域に伝わる災害の歴史を次の世代に伝える。同じような悲劇を繰り返さないために大切なことです。

都田小学校での100年前の悲劇は、国土地理院が「自然災害伝承碑」として登録していて、静岡県内にこうした伝承の碑が74か所あります。

県東部では、関東大震災や狩野川台風の被害などが多く伝えられています。

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