野尻担当一瀬氏/ローソン担当小池氏、TEAM MUGENの2台のエンジニアに聞く、三つ巴の最終決戦の裏事情

 スーパーフォーミュラ(SF)最終戦、鈴鹿サーキットでの第9戦、ランキングトップの37号車宮田莉朋(VANTELIN TEAM TOM’S)を追う、TEAM MUGENの2台の戦いの背景を、1号車の野尻智紀担当の一瀬俊浩エンジニア、15号車のリアム・ローソン担当の小池智彦エンジニアに聞いた。

 ランキングトップの宮田を6.5ポイント差で追うTEAM MUGENの2台、ランキング2位の野尻、そして15ポイント差のランキング3位のローソン、ワンデー開催の10月29日の最終戦の予選、決勝は2台ともまずは宮田の前に出ることが最低条件になる。

 その予選、ランキング3位のローソンがポールポジションを獲得して宮田とのポイント差を縮めた。「魔法がかかったようにクルマが良かった」とパルクフェルメで話すローソン。前日の第8戦からクルマをどのように変えてきたのか。ローソン担当の小池エンジニアが話す。

「魔法のようにというわけではないと思いますけど(苦笑)。昨日は普通に予選をやっていれば2番手だったと思っています。ロガーデータを見ると、野尻選手とはシケイン手前まで0秒差でした。シケインでは野尻選手の方が速かったので、リアムは実際は2番手だったかなと。ですが、赤旗があったことで、いい状態のユーズドタイヤが残っていなくて7番手になってしまいました。それでも7番手だったのでクルマの状態としてはそれほど悪くなかったかなと」

「ただ、今日はポールを獲らないとチャンピオンシップ的に戦えないので、昨日の1号車のいいところを取りました。野尻選手のクルマのブレーキングの良さに注目していて、今日はシケインも速く走れたので、シケインのブレーキングは過去で一番良かったと思います。そこをセットアップの中心にしました。基本的に2台のコンセプトは違うところがあるのですけど、お互いにいい部分は使って、今日はクルマをまとめられたかなと思います」

 一方の1号車野尻はローソンからコンマ3秒遅れた予選3番手。担当の一瀬エンジニアが振り返る。

「予選はまあまあでしたけど、ポールを獲れるほどの速さではなかったですし、Q1のA組になったことで、A組になるのが久しぶりだったので、Q2に向けて(路面改善で)どのくらいの上がり代になるのか、自分たちも悩んでしまったところが結構ありました。結果的にはそこで失敗してしまった印象があります」

 SFの予選はA組とB組で分かれて行われているが、最初のA組はその前のサポートレースの走行直後になることが多く、違うカテゴリーのタイヤのゴムによってトラックコンディションが読みづらく、B組の方がQ2と路面コンディションが近いことでセットアップが合わせやすいという傾向がある。野尻とローソンのコンマ3秒差は、そのわずかな読みの違いによって生まれた結果とも言えた。

 ただ、ランキングトップの宮田が予選で4番手とTEAM MUGENの2台の後ろになったことで、決勝に向けての臨みはつないだ。決勝に向けては、チャンピオンを争う3台ともが2列目までに入って近いことから、まずはスタートが大きなポイントとなることが確実だった。そして、そのスタートで結果的にチャンピオン争いは決まってしまった。

**

好スタートを切った野尻と、スタートで出遅れてしまったローソン**
 スタートは2番手の太田格之進(DOCOMO TEAM DANDELION RACING)が好スタートで、ポールのローソンは遅れて2番手に。一方、3番グリッドの野尻は絶好の動き出しを見せて前の2台に割って入ろうとするが、前のローソンが野尻を1〜2コーナーで抑えたことで野尻は失速、その隙になんと、4番グリッドの宮田がアウトから野尻をかわして3番手にポジションアップした。

「スタートは少し遅れましたね。スタートに関しては結構、事前から不安を抱えていて今週末は特になんですけど、今シーズン通してもギリギリのところを綱渡りでなんとか失敗せずにできてきたという状況です。そして最後の最後にちょっと遅れてしまった。ドライバーのミスとかではありません。クルマとして少し問題があります」と話す15号車小池エンジニア。

2023年スーパーフォーミュラ最終戦のスタートでポジションを争うリアム・ローソンと野尻智紀

 一方、1号車の一瀬エンジニアも「スタートは良かったのですけど、前がいて道がなくなってしまった」と、肩を落とした。

 4番手となった野尻はその後、ペースが伸びず徐々に宮田との差が広がってしまい、ピットインを遅らせてセーフティカー(SC)などの幸運を待つしかない戦略に。だが、野尻に幸運は訪れず、そのまま4位でフィニッシュとなってしまった。

「10周目で動くという選択肢もあったのですけど、結局、宮田選手も我々の動きを見ていると思うので、(タイミングを)被らせてくるだろうと。今週末は比較的、路面温度が低くてウォームアップに苦労している印象だったので、1周差で相手にピットに入られたらアンダーカットはあまり機能しない状況だったと思います。前のクルマが続々とピットに入って、僕たちはもうSC待ちをしようという、どちらかというと消極的な戦略になってしまいました」と、振り返る1号車の一瀬エンジニア。

「単独のペースで言えば正直、上位3台に勝てるようなペースではなかったので、スタートで前に出て抑えるということが機能させられなかった時点で、僕らのチャンピオンはなくなったというレベル感でした。リアムにも、宮田選手とも(クルマのパフォーマンス面で)差があったと思います」と続ける。

 一方、スタートで2番手となってしまったローソン、タイトルのためにはまずはトップを奪わなければならない状況となったが、序盤からなかなかトップの太田との差は縮められなかった。15号車小池エンジニアが振り返る。

「今日のクルマは正直、太田選手には勝てなかった。彼はOTS(オーバーテイク・システム)を使わないで、だいぶ様子を見ながら走っていたので、莉朋選手がどれくらいマージンを持って走っていたのかはわからないですけど、2番手か3番手くらいのペースだったかなと」

 残すは、ピット戦略での勝負になる。

「戦略としては最初、ダミーでタイヤを出して、太田選手を釣ろうと思ったのですけど、太田選手ではなくて莉朋選手が反応してしまって、『あ、これは困った』と(苦笑)。莉朋選手が動いたことで、リアムか野尻選手か、どちらかが反応して前に行かないと逆転されてしまう可能性があるので、リアムとしてはあそこで動かざるを得なかった。あのタイミングで動くこと自体は問題はなかったのですが、その後の太田選手、ダンディライアンのピット作業がすごく早くて、アウトラップも速かったのでアンダーカットはできませんでしたね。まあ、スタートを失敗した時点で後手後手になってしまいました」(小池エンジニア)

 スタート後は結果的にほぼノーチャンスでローソンは2位でフィニッシュすることになった。それでもSF初年度でランキング2位、ポール1回、優勝3回のローソンの実績は十分に賞賛に値する。

「正直、ルーキードライバーなので、いくらF1候補生と騒がれていたとはいえ、ずっとスーパーフォーミュラを戦ってきたドライバーたちがいますし、今年は1勝できればいいかなと思っていました。今年はクルマとタイヤが変わったタイミングだったことが、せめてもの救いになりましたね。リアムももちろん頑張りましたけど、15号車、そして1号車と合わせてチーム全員がこれ以上できないくらいよくやったと思います」と小池エンジニア。

 小池エンジニア自身も、世界のトップを目指すローソンに大いに刺激を受けた一年となった。

「個人的には世界で戦う姿勢というか、彼、1回勝ってもそんなに感情を出しては喜ばないんですよ。やっぱりF1に行くという目標を決めているので『タイトルを獲るまではそんなに喜ばないよ』という話をしていましたし、コース上でもF1(でのチームメイトの角田裕毅へのブロック)や第8戦の予選の(野尻と競った)ウォームアップなど結構、強引なところもありますけど、基本的には勝つためにはなんでもやるというスタンスは自分に通じるというか、当たり前ですが、全ドライバー、そして全スタッフが持っていなければいけないところだと思います。そういう勝ちへの執着心と、世界へ挑戦する気持ちというのは自分も刺激を受けました。莉朋選手や平川(亮)選手からもいい影響を受けまして、自分も世界へ行きたいなと思わされました」

 一方、中嶋悟以来という国内トップフォーミュラ3連覇がかかりながら、ランキング3位に終わってしまった野尻智紀と1号車の一瀬エンジニア。しかし、忘れてはならないのは、野尻は第4戦のオートポリスを病気で欠場していて1戦、戦っていない状況でトップ宮田と8.5ポイント差のランキング3位なのだ。

「もう1戦、きちんと戦えていたら、僕らも別な戦い方ができたと思いますので……負けて悔しいと言えば悔しいですけど、こんなものかなと。1戦出ていない状態でここまで戦えた、と思って自分を慰めています(苦笑)。頑張ったなと思いたいです」と一瀬エンジニア。

 近年稀に見る、スーパーフォーミュラでの三つ巴のチャンピオン争い。TEAM MUGENの2台はドライバーズタイトルで敗れたとはいえ、この2台で今季は9戦中6勝を挙げた。TEAM MUGEN、そして一瀬、小池の両エンジニアが作るクルマは今季も強かった。

野尻智紀(TEAM MUGEN)と一瀬俊浩エンジニア
ローソンのレースへの貪欲さ、そして世界トップを目指す姿勢に影響を受けたという小池エンジニア

© 株式会社三栄