「肉の味を覚えてしまったヒグマ」の脅威 牛66頭を襲ったOSO18は「人間が生み出した」 対策班リーダーが警告、背景にエゾシカ問題

標茶町で撮影されたOSO18=23年6月25日(同町提供)

 北海道東部で2019年夏以降、放牧中の牛66頭が相次いで襲われた。“犯人”は「OSO18(オソじゅうはち)」の通称で呼ばれたヒグマ。ヒグマの主なエサは草木の根や木の実だが、オソは肉の味を覚えてしまったようだ。次なる被害を防ごうと、北海道庁や地元の役場などが「特別対策班」を結成し、捕獲を目指した。だが「忍者」と呼ぶ人も出るほど警戒心が強く、作戦は失敗を重ねた。
 ところが今年8月、事態は急変する。被害の出ていなかった町で7月に駆除された個体が、実はオソだったことが判明したのだ。危機は回避され、酪農関係者は安堵。しかし、専門家はこう警鐘を鳴らす。「オソは人間が生み出した。第2、第3のオソが出てきても不思議ではない。根本的な対策をしないと意味がない」。どういうことか。(共同通信=阿部倫人、川村隆真)

標茶町で撮影されたOSO18=19年8月(同町提供)

 ▽「まさか自分の牛が襲われるとは」
 始まりは2019年7月。標茶町の下オソツベツという地区で牛の死骸が見つかった。ひっかき傷やかみ傷があり、ヒグマに襲われたと推定された。その年のうちに標茶町内で28頭が襲われ、2021年には隣の厚岸町でも被害が出始めた。時期は6~9月の夏場に集中。現場に残された体毛などをDNA型鑑定すると、雄の同一個体が襲撃している可能性が高いと分かった。
 北海道庁の出先機関・釧路総合振興局によると、足跡などから推定されるものも含めて今年6月までに両町で少なくとも66頭が襲われ、32頭が死んだとされる。被害の総額は2千万円を超えた。
 標茶町の酪農家高野政広さん(66)は被害を受けた1人だ。「話には聞いていたが、まさか自分の牛が襲われるとは」。2021年7月1日の朝、牧場に行くと1頭の牛が血まみれになって倒れていた。発見時はまだ生きており、直前に襲われたようだった。「牧場の被害も痛いが、いつ孫が襲われるかと思うと気が気ではなかった」と振り返る。
 振興局や標茶・厚岸両町などは下オソツベツの地名と、発見された幅約18センチの足跡からOSO18と命名し、初の対策会議を2021年11月に開催。翌22年2月、NPO法人南知床・ヒグマ情報センターの藤本靖さん(62)をリーダーに「OSO18特別対策班」を組織し、捕獲を目指すこととした。

標茶町で開かれた対策会議=2022年11月15日

 特別対策班を結成後の最初の被害は、22年7月の標茶町。1日に3頭、11日に1頭、18日にも1頭が襲われた。
 ヒグマは獲物を襲った現場に戻る習性がある。このため藤本さんらは18日に被害が出た牧場で、牛の死骸をあえて回収せずに張り込みを始めた。しかしオソが姿を現さない。1週間が過ぎ、張り込みを解除。そのとたん、残していた牛の死骸が消えた。
 「人の気配に極めて敏感なクマだ」。藤本さんはそう感じた。
 9月には、ヒグマの好物であるデントコーンの畑にわなを仕掛けた。しかしその30センチ横を通過し、わなは作動せず。駆除できないまま冬を迎えた。その隠密な行動ぶりから、いつしか「忍者グマ」と呼ぶ人も現れた。メディアの報道も過熱。「“闇夜にまぎれて行動する恐ろしい超巨大ヒグマ”を早く食い止めなければ」。地域の人々は焦りを募らせた。

釧路町で7月に駆除されたヒグマ。「OSO18」と判明した(釧路総合振興局提供)

 ▽捕獲難航の理由は「思い込み」
 今年7月30日早朝、被害が発生していた地域から10キロ以上南の釧路町で、ハンターが1頭の痩せたクマを駆除した。このクマは2日前、オタクパウシ地区の放牧地に出没していた。人を見ても逃げないため、問題がある個体と判断されていた。死骸は食肉加工され、東京都内のジビエ料理店などに出荷された。
 釧路町の担当者は8月に入り、このクマが実はオソだったのではないかとの疑問が浮かんだ。町が残していたこのクマの毛をDNA型鑑定すると、オソだったと特定された。
 「あっさり駆除されてしまった」
 あまりにあっけない幕切れ。4年にわたりオソを追い続けた標茶町の職員はそのことに驚き、振興局の担当者は「その思いつきがなければオソは行方不明のままだった」と胸をなで下ろした。

標茶町で撮影されたOSO18=23年6月25日(同町提供)

 釧路町に残っていた記録によると、オソは体長2メートル10センチ、体重は330キロ。大きめではあるが、決して「超巨大ヒグマ」とは言えない体格だった。推定年齢は約9歳6カ月の雄で、手足に皮膚病があり、痩せていた。
 「みんなが『牛を食べるくらいだから、オソは大きい』と強く思い込んでいた。だから寄せられる目撃情報も少なかった」。対策班リーダーの藤本さんは、これが捕獲が難航した理由の一つだと考えている。
 ただ、ヒントはあった。襲った牛のほとんどは体重120~180キロほどと、小柄なものばかりだった。
 藤本さんはこう推測している。「むしろ狙った牛を殺しきれないからこそ、複数頭に手を出したのではないか」
 実際、2022年中に現場をしらみつぶしに調べた対策班のメンバーの中には「本当にそんなに大きいのか」という疑念も浮かんでいたという。
 「忍者」の異名の元となった、主に夜間に活動するというのも誤解で、実際は多く目撃されていた。「“超巨大ヒグマ”というフィルターを取り除いてクマの目撃情報を集計し直すと、22年だけでもオソらしきクマが7回目撃されている。まさかオソだとは思わず、対策班まで報告が上がってこなかった」と藤本さんは悔やむ。

 誤解はほかにもあった。行動範囲の意外な広さだ。
 今年6月、標茶町上チャンベツ地区でこの年最初の被害が出た。このころ対策班は既に、オソの体長は2~2・1メートル、体重270~320キロの「普通のクマ」だと見抜いていた。7月15日ごろには標茶町阿歴内でそれらしき足跡を発見。大きなチャンスと捉え、付近にわなを仕掛け、ハンターが張り込んだ。だが、いくら待っても現れない。
 釧路町で駆除されたとの一報が届いたのはそんなときだった。「え、そっちだったのか」。釧路町のオタクパウシ地区はクマが非常に少なく、捜索範囲から外していた。「よく出没していた厚岸町の上尾幌とは、山でつながっている場所。冬もオタクパウシで越していたのかもしれない」と藤本さんは分析する。「もしかしたら、そこの主だったのかもな」。駆除されて初めて、オソの生態が具体的に想像できるようになった。

東京のジビエ料理店「あまからくまから」で提供されていた「カムイオハウ」(神の鍋)=9月

 ▽東京のジビエ料理店でほぼ完売
 東京都中央区の人形町駅前にあるジビエ料理店「あまからくまから」は8月初頭、クマの肩肉ともも肉の計約42キロを仕入れた。下旬になって業者から「あの肉は話題になっていたオソだった」と連絡を受けた。店長の林育夫さん(58)は驚き、心配になったという。「人を襲ってはいなかったよな」
 肉はオソと判明する前からステーキ、もしくはアイヌ料理の「カムイオハウ」(神の鍋)として提供され、9月中にほぼ完売。他のヒグマと味はあまり変わらなかったという。

釧路町で7月に駆除されたヒグマ。後にOSO18と判明した(馬木葉提供)

 地元には思わぬ余波が広がっていた。オソが駆除されたと報道されると、釧路町役場には「かわいそう」といった苦情が約30件相次いだ。そのほとんどは道外からだった。野生動物の駆除に関する苦情は多く、7月に札幌市で子を連れた親グマが駆除された際も、市に約650件の苦情が寄せられた。
 釧路町の担当者はこうした声が広がることを危ぶんでいる。「ハンターを誹謗中傷するような内容が出てくると、萎縮し担い手が少なくなってしまうかもしれない」
 北海道庁がホームページや交流サイト(SNS)で「捕獲は地域の安全に欠かせない」と理解を求める呼びかけを行うなど、異例の事態となった。9月下旬のX(旧ツイッター)への投稿は10月までに2千万回以上閲覧され、7万を超える「いいね」が付いた。

OSO18の駆除について記者会見する釧路総合振興局の担当者=2023年8月22日、釧路市

 ▽オソ出現の背景に「エゾシカの急増」
 藤本さんら対策班は、オソのようなクマが出現した一因にエゾシカの急増があるとみている。
 エゾシカの推定生息数は増加傾向で、2018年度の65万頭から、2022年度は72万頭に増えた。農作物を食い荒らすほか、自動車や列車との衝突事故が相次いでいる。
 北海道は駆除を推進しているが、同時に「残滓(ざんし)」と呼ばれる駆除後の死骸や解体後の内臓の不法投棄が問題化している。例えばオソの被害が出た厚岸町では2022年5月、国有林に100頭超分の残滓が投棄されているのが発見された。北海道猟友会の関係者によると、安価に死骸を持ち込める処理場が少ないことなどもあり、公になっていないだけで、同じことはほかにも複数発生しているという。

厚岸町の国有林で22年5月に発見されたシカの残滓(北海道森林管理局提供)

 藤本さんは、オソが肉の味を覚えたきっかけがエゾシカの死骸だった可能性があると指摘する。ヒグマは雑食で、主に草木の根や木の実などを食べる。しかし、オソが移動したと思われる経路上に、フキなどの草木を食べた跡はまったくなかった。肉食に執着していたとみられる。「シカが草木を食べ尽くしてしまうので、ヒグマは他の餌を探す。そのうちにシカの死骸を見つけ、肉の味を覚えたのかもしれない。肉というごちそうを一度食べてしまうと、クマは忘れられない。その延長線として、シカよりも緩慢な牛を狙うようになったんだろう」

対策会議で発言する藤本靖さん=2022年11月15日

 そうだとすれば、「生み出したのは私たち人間の可能性がある」。藤本さんは自戒を込めてそう語った。
 エゾシカの駆除態勢や処理方法を早急に整備し、適切な個体数調整をしないと「第2、第3のオソはすぐ現れる。オソは突然変異ではない。周囲にもっと大きなクマがたくさんいる。それらが同じように肉の味を覚えたら、人を狙って襲いかかる個体が出てきても不思議ではない」。

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