北朝鮮で洗濯物泥棒が「生死をわける犯罪」になってしまう理由

北朝鮮の東海岸は、沿岸を流れる暖流の影響で、緯度の割には寒くない。咸鏡北道(ハムギョンブクト)清津(チョンジン)の1月の平均気温は氷点下4.7度で、緯度がずっと低い平壌の方が氷点下5.4度で寒い。

しかし、清津と緯度がほぼ同じ函館が氷点下2.6度、東京が5度であることを考えると、北朝鮮東海岸が寒いことには変わりない。そんな中で、洗濯して干しておいた冬服が盗まれる事件が多発している。現地のデイリーNK内部情報筋が伝えた。

先月末、会寧(フェリョン)に住むある人が、中綿ジャケットとセーターを洗濯して干しておいたのだが、少し目を話した隙に盗まれてしまう被害に遭った。新品でもないテカテカのものだったため、まさか盗まれまいと油断してしまったとのことだ。

情報筋によると、コロナ禍の真っ最中にはさほど起こらなかった窃盗事件が、地域間の移動制限が緩和された今、増えている。被害者は「泥棒も生きていくために仕方なくやったことは理解するが、冬服が盗まれたことは悔しい」と複雑な胸中を語ったという。

盗まれた冬服は、市場の商人に買い取られて転売される。

「古着を売る人々も生きていくことに必死で、もともと誰の服かわかっていても買い取る。中の綿を取り出して違う服に仕立て直して売る場合もある」(情報筋)

以前なら、盗品とわかれば買取価格だけ受け取って返してあげるのが普通だったが、今ではそんなこともなくなった。結局、冬服を盗まれた人は、秋物を重ね着して極寒に耐えなくてはならない。まさに命にかかわる犯罪なのだ。おそらく盗んだ人も、市場で売り払って受け取ったカネで食べ物を買っているはずで、寒さに耐えるしかないのは同じだ。

こんな事態になっているのは、深刻な経済不況、食糧不足などもあるが、冬服の価格が上がっているという理由もある。

「以前なら500元(約1万円)でいい冬服が買えたが、今年は安くても1000元(約2万円)からだ。金持ちは問題ないが、貧しい人々は食べていくだけで精一杯なのに、冬服を買うカネがどこにあるのか」(情報筋)

なお、綿より暖かいダウンジャケットは、非常に高級品で、庶民はなかなか手が出ない。

道内でも海岸部より寒い別の地域では今年の春、追い剥ぎが多発したこともあった。凶器で脅かし、ジャケットやコートを盗むというものだ。高級品とは言えない、古着のジャケットですら盗まれるほど、北朝鮮の庶民は追い詰められているのだ。

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