「異様な情熱」から希望を 呉勝浩さん(青森・八戸市出身)新作長編「Q」インタビュー

渾身の新作「Q」を手にする呉さん。「『異様な情熱』を肯定的に書いた」と語る=10日、大阪市の東奥日報社大阪支社

 青森県八戸市出身の作家呉勝浩さん(42)=大阪市在住=が新作長編「Q(キュウ)」(小学館)を発表した。直木賞や本屋大賞にノミネートされた「爆弾」(講談社)以来約1年半ぶりとなる長編で、呉さんの作品では最も長い672ページの大ボリューム。あらがいようのない現実の中でもがき、前に進もうとする若者たちの闘いを描ききった渾身(こんしん)の一作は、早くも書店関係者の間で話題となっている。呉さんは発売直後の10日、大阪市内で東奥日報のインタビューに応じ、「アンバランスで危うい作品だが、『異様な情熱』を肯定的に書いた。感覚のどこかで希望を感じてもらえれば」と語った。

 「Q」は、都心から離れた千葉県富津市を舞台に、血のつながらないきょうだいの若者3人を軸に物語が展開する。清掃会社に勤務する「ハチ」は、過去に起こした傷害事件で執行猶予中の身。天才的なダンスの才能がある弟の「キュウ」を守るため、姉の「ロク」とともに殺人にも手を染めていたが、その事実はひた隠しにしていた--。

 容赦のない暴力や理不尽な家庭環境など主人公を取り巻く状況は、呉さんが2018年に発表した長編「雛口依子の最低な落下とやけくそキャノンボール」(光文社)にも通じる。

 呉さんは「個人的に大好き」と自賛する同作との共通性を認めつつ、「今回は『異様な情熱』を中心に据えた」と説明。「『異様な情熱』を喚起させる存在としてのキュウと登場人物たちが引き起こす出来事をすごく肯定的に書いている。『異様な情熱』はろくでもないことを引き起こす確率が高いが、絶対に否定したくない」と力を込めた。

 執筆作業に着手したのは、「爆弾」の執筆が一段落した後の22年初頭。当初はミステリーや犯罪といったこれまでのジャンルとは一線を画す恋愛小説に挑戦しようと考えたものの、書き始めた瞬間から懸け離れたものになったという。

 一方、物語の導入部分で示した伏線を回収するというミステリーの手法はあえて取らず、冒頭から謎解きの要素を排除するという新たな試みも。「真っ暗闇の中で絵の具を持たされ、何を描いているのか分からない状態。執筆時間と労力に関しては最大級のしんどさがあった」と振り返る。

 「エンターテインメントでは面白く書けるイメージがなかった」と遠ざけていた新型コロナウイルスも、物語の要素として扱った。今年8月刊行の短編集「素敵な圧迫」(角川書店)収録の「Vに捧げる行進」ではコロナによる社会的混乱を皮肉ったが、「Q」では21年の米連邦議会襲撃事件とともに物語と現実世界をつなぐ装置となっている。

 「最初は恋愛小説を書きたいと思っていたものが、コロナを物語に入れたことでもっと大きな『現在の小説』になった」と呉さん。「中途半端に完成度を求めるよりも、書いた時のパッション(情熱)を優先した。この作品は20年や21年に自分が感じた、世の中がどうなっていくか分からないという小説」と話した。

 「Q」は四六判、672ページ。2420円。

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