母のポートレート

 いやもうモデルとか恥ずかしか、よかけん、もうちょっとこっち向いて、ほらほら動かんで…。「お母さんの絵」は図画の時間に多くの子どもたちが出合う定番のモチーフだ。みんな必ずお母さんの子ども▲きれいに描いてね-。そんな声も聞こえたのかもしれない。時津町の画家、塚田遼平さんが、母・富美枝さんの遺品から見つけた写真を肖像画に起こし始めたのは一昨年の夏▲花畑に寝そべってふっくらと笑う姿、美しく結い上げた日本髪のショット、自動車のボンネットにもたれて澄まし顔…。個展「母のポートレート」が県美術館の県民ギャラリーで開かれている▲ちらりと見ただけでは引き伸ばした写真と見分けのつかない油彩の精緻なタッチに驚き、週1作のペースで約40点を一気に描き上げたと聞いて、豊かなバイタリティーにもう一度驚いて▲晩年のお母さまを描いた作品も3点。コスモスの白木峰、もふもふの上着のフードをすっぽりかぶった冬の日、部屋のベッドに柔らかく差し込む朝の光。大正、昭和、平成…激動の日々を生き抜いた人の穏やかな老いが伝わる▲「オセロゲームが好きでね、上手でしたよ。陽気な母でした」。10月で80歳になった塚田さんの口調は、思い出を語るその時だけ“息子”に戻って聞こえた。作品展は19日まで。(智)

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