父からの性虐待 30年後に気付いた、苦しみの原因 加害者が生きている間は「言えない」 長崎県

「一人でも被害者が減ってほしい」と願いを語る典子さん=県内

 自身の苦しみの根底に流れている暗い気持ち、その原因がようやく分かった。長崎県内で暮らす40代の典子さん=仮名=は、過熱する旧ジャニーズ事務所の性加害問題のニュースを見て、30年前の父からの行為の重大さを認識した。長年閉じていた記憶のふたが開き、息が苦しくなった。
 父は12年前に他界。亡くなる少し前、最後に会った時に土下座をしてきた。「鬼のような父親で悪かった」と。それが性虐待への謝罪だったのか、今となっては知るよしもない。
 旧ジャニーズ問題では、加害者の死後に告発が相次ぐケースを疑問視する声も少なからずある。典子さんは、自身の経験と重ね合わせた。「(力のある加害者が)生きている間に言えるはずがない。言ったところで周りは動かないから」

■絶対的な存在
 父は家庭内で絶対的な存在で、母への暴力も日常茶飯事。そんな父から性虐待を受けたのは高校2年生の時だった。
 その日、母は仕事で早朝に出かけた。夜が明けきらない時間、気が付くと自分の布団の中に父がいた。それからは何が起きたのか分からない。ただ、必死で息をひそめた。抵抗すれば殺される。本気で思った。その日以降も繰り返されたが、記憶が抜け落ち、被害の回数は覚えていない。
 自身の身に起きたことを理解はできなかったが、心と体は反応した。学校に着くと、すっと涙が出てくる。心配した教諭たちは寄り添ってくれたが、起きたことを話すという考えには至らなかった。
 「女性らしい体を失えばいい」。父を拒否したい思いが強くなり、拒食症に陥った。骨が浮き出るくらいにやせ細っていく体。父は布団に入ってこなくなったが、心身が壊れ始めていた。
 勉強だけは続け、教師になるという夢を抱き、短大に進学。だが、次は過食に襲われた。過食と拒食の繰り返し。次第に家に引きこもるようになり、短大を中退した。うつ病と診断され、もらった薬を大量に摂取。「死ぬことしか考えていなかった」。でも、なぜ死にたいと思うのか、自分でも理由が分からなかった。
 それから夫と出会い、結婚。娘も生まれた。両親を反面教師に、娘には精いっぱいの愛情を注いだ。夫も、社会人になった娘も、自分の一番の理解者としてそばにいてくれる。今の生活は「本当に幸せ」。

■子どもを見て
 半年ほど前。父の遺骨を典子さんが住む場所に近い墓に移すことになった。それをきっかけに「父が襲ってくる」とフラッシュバックが起きた。同じころ、テレビにあふれていたのは、旧ジャニーズ問題のニュース。30年の時を経て、父の行為は性虐待だったと初めて認識した。拒食や過食、死にたいと思う気持ち…。苦しみの原因はそこにあったと気付いた。
 夫と娘のおかげで幸せを手にできたが、性虐待を認識した今、教師の夢を諦めた過去や気分が浮き沈みする日々に「父に人生を壊された」という思いがふつふつと湧いてくる。
 典子さんは言う。「性被害の苦しみは当事者にしか分からない」。14日、「ジャニーズ性加害問題当事者の会」に所属する40代男性が自殺したとみられるニュースが報じられた。「(被害者は)お金目的じゃない。誹謗(ひぼう)中傷は絶対にやめて」と悲しそうに訴えた。
 苦しみを理解してもらうことは難しい。それでも、自分のような被害者が一人でも減ってほしいと願い、思いを口にした。
 「親が子どもをちゃんと見て、何か異変があれば気付いてあげてほしい。関心を持って、しっかり話を聞いてあげてほしい」

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