映画『NO 選挙, NO LIFE』公開記念対談・畠山理仁×前田亜紀

選挙はみんなに開かれた土俵なんだから、出たい人はみんな出て勝負すればいい

──前田さんから密着取材を申し込まれた時、最初どう思いました?

畠山 前田さんとは『なぜ君は総理大臣になれないのか』や『香川1区』の時から仕事でやりとりする関係でしたが、密着取材を依頼された時は数日悩みました。もし密着したら僕の嫌な部分をたくさん見せることになるので、絶対に嫌われるだろうなと。 前田 返事が全然来ないので半分あきらめてました。 畠山 でも、自分が今まで取材をしてきた時は、相手に「ちゃんと取材に答えて下さい」と言ってきたのに、自分が取材される側になったら断るのはおかしいな、カッコ悪いなと思ってお受けすることにしました。もう嫌われてもしょうがないと(笑)。 ──前田さんは制作の動機として「畠山さんは『選挙ほど面白いものはない』と言うけど、本当にそうだとしたら私も見てみたい」と言ってますね。

畠山 それも今回引き受けた理由で、選挙の面白さを前田さんに撮ってもらいたいという気持ちが強かった。僕は選挙の面白さを十分知っていますが、それを第三者に伝えるには同じ現場に来てもらうのが一番いい。絶好の機会です。 前田 『なぜ君は総理大臣になれないのか』『香川1区』で選挙を映画にして、どちらもすごくヒットしたんですが、観に来ている人にある党派性みたいな感じもあって、もっと違う層にアプローチできないかと思っていたんです。それで、「選挙ほど面白いものはない」ということを体現して生きている畠山さんが見つめるものをシェアできたら、みんなもっと選挙に行くんじゃないかと。ただ、本当に選挙が面白いのか? それとも単に畠山さんが変わり者なだけなのか?という疑問はありました。 ──実際、密着してみてどうでした?

前田 どっちかと聞かれたらやっぱり後者かなと(笑)。いや選挙も面白いんですよ。でもやっぱり畠山さんの唯一無二感というか、誰にも真似できない面白さがありました。 ──それは僕も思いました。例えば、映画にも出てくる「トップガン政治の中川さん」の面白さって畠山さんのフィルターを通さないとなかなか気づかない。

前田 私が取材しても絶対に見えない世界が畠山さんの肩越しだと見えてくるんです。 ──いわゆる泡沫候補を畠山さんは敬意を込めて「無頼系独立候補」と呼び、「候補者全員を取材できなければ記事にしない」というルールを自分に課してますね。

畠山 とにかくエネルギーが違うなって思います。既存の政党から立候補するのも大変ですが、何もない所から選挙に挑戦しようという人の人間力はすごい。中には突拍子もない主張もありますが、時々、これは大政党も取り入れるべきだと思うこともたくさんある。なぜなら彼・彼女らは、四六時中、政策のことを考えているからです。もちろん当たり外れもありますが、いろいろな可能性のボールを投げ続けている。百球投げた球の中に1つ金色のボールがあるかもしれない。いや、絶対あるだろうと思って日々候補者に会っています。 実際、会うとすごく元気をもらえるし、もしかして自分にもその可能性があるんじゃないかと思えるんです。無名の自分でも何かを発信することで誰かを勇気づけることができるかもしれないと。それが全員取材を続ける原動力ですね。 ──独立系候補者のエネルギーは前田さんも感じました?

前田 畠山さんは常々、「候補者を現場で直接見て下さい」と言っていますが、それに対して私は懐疑的で、それこそテレビでもYouTubeでもいいじゃん、わざわざ行く意味あるのかなと思ってたんです。それが、今回、参議院選(東京選挙区)の34人の候補者全員に会った結果、自分の投票行動がそれまでと全く違っていたんです。今までは公示日に自分の投票しそうな候補者はだいたい絞ってましたが、今回は誰に投票するのかすごく迷って、しかも最終的には自分でも想定外だった人に投票したんです。それはすごく面白い経験でしたね。だからこの映画を見た人にもそういう自分の中の変化を感じてもらえるといいな。 ──畠山さんが独立系候補者に対して「多額の借金をして、選挙に出て、みんなからバカにされてもずっと続けている姿は自分と似ている」と言っているのがとても腑に落ちました。

畠山 これだけ自由に生きている人たちがいることに勇気づけられます。僕は、有権者が「自分には力がない」と思ってしまうのがすごく残念なんですよ。有名じゃないことが悪いことみたいに思われがちだけど、そもそも政治は有名じゃない人のためにあるし、無名の一人一人が望む社会を作っていくのが政治です。民主主義のルールの中で選挙に出ている人たちは、僕らの代わりに立候補してくれている。 だから、その人に対する尊敬の念は無くしちゃいけない。当選できるのは立候補した人だけなんです。候補者をバカにする風潮が広まることで、本来立候補したい人があきらめてしまうことになるのは、社会にとって大きな損失だと思います。 選挙はみんなに開かれた土俵なんだから、出たい人はみんな出て勝負すればいい。堂々と立候補している人をバカにするのは絶対に間違っている。たとえその思想が危険だと思っても、有権者はその人に票を入れない、別の人に投票するという強い権限を持っている。有権者も試されているのだから、その権利を行使すべきです。それを言い続けるのが僕の仕事だと思っています。 前田 投票する人が主体だということなんですね。 畠山 そうです。主権者ですから。無名の候補を大事にしない人には、無名の自分が大事にされなくてもいいんですか、と問いたい。「どうせ俺なんて相手にしてもらえないんだ」ってあきらめちゃったら、政治って絶対よくならない。本来は誰もが「俺の意見を聞け」って言っていいはずなのに、そういう雰囲気になってないことはすごくよくないし、みんなのためにもならないと思います。僕にとっては、そのことを伝えるための方法が「候補者全員取材」なんです。

こんなフェアじゃない人たちがいるなら俺はまだまだ黙らない

──映画は主に昨年の参議院選の取材がメインになってますが、7月8日に安倍元首相銃撃事件が起こったことでトーンがガラっと変わりますね。事件後、れいわ新選組の山本太郎が「政治の失敗で多くの人が苦しんでいる。中には追い詰められて爆発してしまう人が出てくる…」とコメントしている場面と、立川駅の自民党の演説で生稲晃子が「私は許さない。絶対に許しません」と叫んでいる場面が印象的でした。ある意味、対照的なシーンでもありますよね。

前田 それは映画という長尺だからこそ入れることができた部分でしたね。私としては、あの事件の直後に何を言ったのか、全く違う捉え方をしている政治家の対比を観て欲しかった。 ──山本太郎さんのあのコメントには凄みを感じたし、雑然とした混乱の中であの発言を引き出した畠山さんの突撃取材もすごいなと思いました。

畠山 山本さんは、選挙前半は戦況が厳しいこともあってトゲのある言葉が多かったんです。でも、あの時の山本さんの言葉は、これまで僕が山本さんへの取材を積み重ねてきたからこそ出た言葉なのかなと思いました。 前田 隣にいてそれは感じました。他の記者には「さっきの演説聞いてたの?」と冷たい対応だったのが、畠山さんのあの質問には逆に前のめりで答えてくれてたなと。 畠山 他候補が街頭演説を中止していたこともあって、すごくピリピリした現場でした。 ──そして投開票日の夜、取材に向かう車の中で畠山さんから「もう限界かな」とまさかの引退宣言が。

前田 びっくりして、とりあえず今のは聞かなかったことにしようと(笑)。それまでも冗談っぽく辞めようかなーという話はあったんですが、この時は頑なで冗談ではないんだなと。 ──安倍元首相銃撃という衝撃的な出来事以外にも、NHK党でガーシーが当選したり、参政党が得票率3.3%を得て国政政党になったりと、なにか今後を暗示させるような選挙でした。

畠山 ネットを中心とした層が力を持つようになった一方で、僕が仕事の場としていた紙媒体の衰退もあり、この先どうしようか、もう辞めるしかないなと思ったんです。本来、ネットから出てきた新しい政党は、既存の政党に希望を持てなかった人たちの受け皿となるものだと思っていました。ところが、ある程度票を取れたら従来の政党と同じように内向きになっていくのが見えてしまった。もっと投票率が上がってくれればよかったんですが、結局、新しい政党も1議席とか2議席とかで満足しちゃうのか。裾野を広げることをやめるのかと。だったらもう選挙はいいかなと思ったんです。それが…。 ──予期せぬトラブルが。

畠山 最後の参政党での取材時に「フリーランスは動画の撮影NG」と後から告げられてブチ切れたんです。こんなフェアじゃない人たちがいるのは許せないと。その頃は「選挙取材を引退して誰かの政策秘書になる道もあるのかな……」なんてことも漠然と考えていましたが、フェアじゃない国政政党が出てきたのは、どうしても看過できない。自分が社会貢献できるとしたら、誰かの秘書になるよりも、みんながスルーしがちな部分を自分がちゃんと取材することなんじゃないかと思ったんです。 それでも前田さんには「辞める辞める」と言っていましたが、本当にムカついていましたね。今だから言いますが、当選した水道橋博士さんから「政策秘書になりませんか」とお誘いを受けたんです。ものすごくありがたいお話でとても悩みました。でも、「参政党が国政政党になったのでウォッチし続けなければいけない」という理由でお断りしました。博士は「なんで参政党が関係あるの?」って不思議そうでしたが…。 前田 あの時の畠山さんはいままで見たこともないほど怒ってましたね。数時間前は辞めるって言ってたけど、こんなに心の底から怒りが湧き出ている人はたぶん辞めるはずがないと思いました(笑)

常識と非常識の間にあるグレーの部分

──そして舞台は沖縄県知事選に。最後の卒業旅行と称しての3週間の取材旅行だったそうですが。

前田 辞めるかどうか、まだ揺れてる感じはしましたね。 畠山 僕は前回の県知事選も辺野古埋め立ての賛否を問う県民投票も取材していたんです。沖縄の有権者は基地建設に反対という意思を投票で示したのに、日本政府は県民投票翌日に埋め立て工事を再開した。一体これは何なんだろう、本当に日本は民主主義なのか? 沖縄は日本じゃないのか? と思い続けてきました。 沖縄では、国が工事を強引に進めようとしている中で、それでも多くの人が反対の声を上げ続けている。基地の前のゲートに座り込んで工事のトラックを1台でも多く止めようとしている。少しでも工事の進行を遅らせて、政府や国民が沖縄の声を聞いてくれる状況がくるまで闘い続けている姿を見ていると、自分はまだまだ闘っていないなと思いました。 実は誰かに辞める後押しをして欲しいと思いながら取材していたので、反対運動リーダーの山城博治さんに「もう(抗議を)辞めたいと思いませんか?」という質問をしたんです。そうしたら、「家で新聞を読んでいる時は絶望しかないけど、ここにいる時だけが希望だから」とすごく力強い言葉が返ってきた。 落選した下地ミキオさんにも「負けてつらいですよね」と話しかけたら「つらいけど、国や県をよくしたいという気持ちの方が重いから」と言われて、俺は甘いなと思いました。あれだけ辞めたい辞めたい、卒業旅行だと言っていたのに、やっぱり「まだやる」というのもカッコ悪いなと思ったんですけど。 ──辞めなくてよかったです。その決断をしたのが下地ミキオさんの手柄みたいに見えちゃうのはちょっとモヤっとしますが。

畠山 下地さんの言葉は時系列的に最後ですし、心に響いたのも事実です。でも、やっぱり選挙を一生懸命にやっている沖縄のみなさんを見たら辞められないと思いました。 ──無頼系独立候補の人たちも沖縄で闘っている方々も本当にみなユニークでパワフルでチャーミング、そして真面目に生きてるのがすごく伝わってきますね。

前田 よく畠山さんは「世の中に決まったことはない」と言うんですが、ああ、やっぱりこの人は常識と非常識の間にあるグレーの部分を見ているんだなって。今回それをすごく感じました。 畠山 常識って自分の基準じゃないですか。でも人の持っている基準はいろいろで、それが面白いし、自分ももっと型にはまらず自由に生きたい。選挙の取材でそういう生き方をしている候補者たちに会えるのが本当に楽しいんです。 今回、映画を観てくれた久米宏さんが「僕は港区でずっとマック赤坂を見てきた人間だから、畠山さんのことを全然変わっているとは思わないよ」と言ってくれたのがすごく嬉しかった。ああ、自分はこのままでいいんだなって(笑)。

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