汝、殺すなかれ

 ユダヤ教の神ヤハウェがイスラエルの民(ユダヤ人)に示した「モーセの十戒」の一つに「汝(なんじ)、殺すなかれ」がある。戒めを破った者に対する罰は苛烈だ▲ユダヤ教の聖典、旧約聖書の「律法」は「人を打ってその者が死んだ時は、打った者は必ず死なねばならない」と定める。「人が悪だくみをして隣人を殺そうとしたのであれば、私(神)の祭壇から引き離して死なせなければならない」というおきてもある▲イスラエル軍の攻撃を受けたパレスチナ自治区ガザの人道危機は、イスラム組織ハマスの残虐な奇襲がきっかけだった。イスラエル側には自衛と応報の論理があるのだろう。だがガザのむごい状況のニュースに接する度に、十戒の「殺してはならない」という言葉が胸をよぎる▲イスラエルはハマス壊滅を掲げる。しかし報復は新たな報復を呼ぶ。暴力の連鎖を断ち切らないと真の平和が訪れることはない▲戦争は「人間らしさ」をもむしばむ。行き着く先がヒロシマ、ナガサキの惨禍だったことを人類は学んでいるはずだ▲被爆医師の永井隆博士は原爆体験記「長崎の鐘」に「戦争は人類の自殺行為にしかならない」と記した。今すぐに「汝、殺すなかれ」に立ち返り、もう戦いをやめるべきだ。命を救うために、そして人間が人間であり続けるために。(潤)

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