分身ロボット 寝たきりのその先へ “もう一つの体” で社会とつながる 難病ALSの元教師が特別支援学校の生徒たちに伝えたいこと

オリヒメパイロット こやさん
「いま千葉県の自宅ベッドの上から操作しています」

カフェで働くロボット「オリヒメ」。AIロボットではありません。動かしているのは、難病や障害のため、外出が困難な人たち。全国各地の自宅や病院のベッドから遠隔で操作する「分身ロボット」です。

分身ロボット開発者 オリィ研究所 吉藤オリィ 所長
「働くことができないと思っていた人たちが、誰かの役に立てるということを実感」

分身ロボットを「もう一つの体」として、社会とつながる人たち。

広島県立西条特別支援学校 高等部2年 丸山大斗さん(17)
「私は研修生パイロットのやまちゃんです」

そこには難病と闘う元教師の思いがありました。

長岡貴宣 さん
「私を必要としてくれている人たちがいることにワクワク感がとまりませんでした」

「寝たきり」のその先へー。分身ロボットが作る未来を考えます。

◇ ◇ ◇

青山高治 キャスター
10月20日~11月5日まで広島市で開催されていた「分身ロボットカフェ」では広島県内の特別支援学校の生徒も就労体験をしました。

田村友里 キャスター
生徒たちに分身ロボットを知ってほしいと願ったのは、難病と闘う一人の元教師でした。

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分身ロボット「オリヒメ」。操作する「パイロット」は、難病や障害で外出が難しい人たちです。全国の自宅や病院にいながら、遠隔操作で接客をしています。

オリヒメパイロット いずみさん
「私はいま、ベッドに寝たままこんなふうにパソコンを打っているんです」

「(ロボットの)手や首をあげたりも、指とか手で操作されているんですね」

オリヒメはパソコンやスマホからインターネットを通じて動かします。カメラやマイクが内蔵されているので、オリヒメが見た世界はパイロットの画面に映し出され、会話もできます。

手や首は、パイロットが画面をワンタッチで動かします。シンプルに押さえた表情は、会話の中で不思議と豊かに見えてきて、パイロットがまるでそこにいるかのような“気配”を感じさせます。

分身ロボットを開発したオリィ研究所は「寝たきりの先の生きがい」を強調しました。

オリィ研究所 吉藤オリィ 所長
「私たちは体を動かすことができなくなると人生が終わりであると考えてきました。しかしそうではありません」

新しい雇用の形に、企業も注目しています。

広島銀行 廣江裕治 常務
「銀行でも、最初は家で仕事するなんてあり得ないと思っていたのが、このコロナ禍で当たり前にできるような時代になってきているので、こういった形で仕事ができるんじゃないかなと思います」

中根夕希 アナウンサー
「実はその分身ロボット、広島県庁でも働いているんです。どんな様子なのかみて来ましょう。あ、いました!受け付けにかわいらしい小さなロボットが!こんにちは」
オリヒメパイロット けいさん
「こんにちは。ご用件をお伺いいたします」

広島県庁では、9月から試験的にオリヒメが庁内の案内業務をしています。

オリヒメパイロット けいさん
「私ただいま北海道札幌市より遠隔操作しております。庁内は広いのでご案内には苦戦しておりますよ」
中根夕希 アナウンサー
「そうですよね。実際にここに来たことは?」
オリヒメパイロット けいさん
「もちろんございません」

この日の担当はけいさん。普段は東京にある「分身ロボットカフェ」でもパイロットをしています。けいさんは、つきっきりで介護が必要な娘がいるため外出が困難です。もう一度、働きたいー。その思いはオリヒメが叶えてくれました。

オリヒメパイロット けいさん
「お母さんという役割ではなく、けいとして認識してもらえるのがとても嬉しくて。何よりも社会参加しているという感覚があります」
中根夕希 アナウンサー
「AIやプログラミングされたロボットもたくさんあるじゃないですか」
オリヒメパイロット けいさん
「私たち生身の人間なので失敗はあります。でもその人間らしさが安心感を与え、本当に身近に感じていただくツールになっているのではないかと思いますよ」

人が操るからこそ感じるどこかアナログ的なところが、オリヒメの魅力です。

分身ロボットカフェのお披露目式で、パイロットの代表として登場した長岡貴宣さん。

オリヒメパイロット 長岡貴宣 さん(60)
「私の病気はALSです。次第に全身の筋肉が動かなくなり、人工呼吸器をつけないと3年から5年で死に至るという難病です」(※かつての自分の声で作った音声で挨拶)

長岡さんも東京にあるカフェでパイロットをしています。今回、広島のカフェで長岡さんが実現したかったことー。それは、特別支援学校の生徒たちがオリヒメを遠隔操作する就労体験です。

オリヒメパイロット 長岡貴宣 さん
「ぜひ働く喜びや、人から必要とされているというワクワク感を味わってください」(※かつての自分の声で作った音声で挨拶)

長岡さんは広島県の北部、三次市で暮らしています。病名は「ALS」。全身の筋肉が徐々に動かなくなる難病です。

長岡貴宣 さん
「これが私の声です」(※かつての自分の声で作った音声で回答)

いまは声を出すことができない長岡さん。オリィ研究所が開発した目の動きで操作できるシステムを使い、失う前に残しておいた“自分の声”で読み上げて、コミュニケーションをとります。

長岡さんは高校の社会科の先生でした。ALSと診断されたのは7年前。病状は徐々に進行し、2017年12月に学校を休職。生きる気力を失いかけたといいます。

妻 長岡千代美 さん
「落ち込んで次にどうやっていきていこうか、と。教師の仕事を一生懸命やってきたので、教員なりたくてなった人なので」

休職した直後の2018年の卒業式に、転機はやってきます。生徒会が中心になってオリィ研究所に協力を求め、長岡さんはオリヒメを使って自宅から卒業式にリモート出席できたのです。

長岡さん
「生徒一人一人が退場するときにオリヒメに向かって一礼する姿を見て、もう一度教師を続けよう、復帰しようと思いました」

この一年後に高校を退職しましたが、長岡さんはオリヒメとの出会いで、少しずつ前を向きはじめたといいます。

今回のカフェでは、特別支援学校の生徒たちに「オリヒメの可能性」を伝えたいと考えています。

長岡さん
「進学や就職については、彼らが自分の思い通りの夢を実現しているとは思っていません。教師として生徒の夢が実現する姿を見てきた自分にとって、何とか支援学校の生徒たちの夢の実現も手助けしたい」

分身ロボットカフェでのオリヒメ就労体験には、県内の特別支援学校から7人が参加しました。その一人、西条特別支援学校の丸山大斗さん。丸山さんは車椅子で生活しています。

オリヒメの操作を学び、この日は始めて一般のお客さんを接客します。2人の先輩オリヒメが見守る中、初心者マークをつけた丸山さん。お客さんがやってきました。

広島県立西条特別支援学校 高等部2年 丸山大斗 さん(17)
「私は研修生パイロットのやまちゃんです。きょうは先輩パイロットに見守られながら仕事をします。よろしくお願いします」

「よろしくお願いします。メニューで一番何がおすすめですか」
丸山さん
「えっとおすすめは…照り焼きチキンときんぴらのサンドとなっております」

自分を知ってもらおうと、用意していた得意の絵やアニメの話で会話も弾みました。

丸山さん
「きょうはありがとうございました」

「楽しかったです」
丸山さん
「私も楽しかったです」

就労体験を終えた丸山さん。これまで諦めていた接客の仕事も、将来の選択肢に加えました。

広島県立西条特別支援学校 高等部2年 丸山大斗 さん(17)
「自分、恥ずかしがりだから顔みたら緊張して。でもロボットだからしゃべりやすかったんじゃないかと思います」

丸山さんの担任 西野憲文 教諭
「肢体不自由生の児童・生徒は体験することが少ない。今回の体験を自分の自信にしてもらって就労につなげてほしい」

長岡さんにとって大きな存在となったオリヒメを、多くの生徒たちにも知ってほしい。分身ロボットが未来の希望を運びます。

長岡貴宣 さん
「分身ロボットの可能性は無限に広がっている。あとはこういった世界があることを皆さんに知ってもらうこと。特別支援学校の就労体験は、ぜひ全国の学校が体験できるよう、お手伝いさせてもらいます」

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開発したオリィ研究所によりますと、広島は観光都市なので観光分野での新しい働き方の開拓にもチャレンジしたいといいます。吉藤オリィ所長は「将来、自分の介護を分身ロボットを使って自分自身でする世の中が来るかもしれない」と話している。病気や障害で外出が難しい人も分身ロボットを使って働ける、そんな未来がすぐそこまで来ているのかもしれませんね。

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