透き通るような白さから「海の女王」と呼ばれる魚がシロギスです。このシロギスの完全養殖による量産化を全国で初めて広島県福山市の企業が実現しました。
午前3時半の福山地方卸売市場です。夜も明けない市場に光輝く魚がありました。シロギスです。白い肌をした魚に多くの仲卸業者らの目が止まります。
シロギスは、11月から2月までオフシーズンになり、捕れなくなるといいます。この日は、陸上で完全養殖されたシロギスが初出荷されました。養殖シロギスの量産化は全国で初めてのことです。7都府県の市場で9000尾が取り引きされました。
15センチほどのシロギスがキロ4000円から4500円で売られていきました。
養殖シロギスの量産化を実現したのは、市場内に会社を構える水産物総合卸売商社のクラハシです。量産化によって、一年中、シロギスが食べられることになりそうです。
なぜ、シロギスの養殖事業へと舵をきったのでしょうか。事業の中心を担った 倉橋彩子 専務は温暖化などで漁獲量が減っていることへの危機感がありました。
倉橋彩子 専務
「世の中がマーケットインになっていて消費者の望むものを卸としては対応していかなくてはいけなくて、魚も同じように取ることが商売ではなくて、作って生産して、それを出荷していくという『育む漁業』になっていくということがあって」
クラハシがシロギスに着目するきっかけになった人が尾道市にいます。福山大学の 有瀧真人 教授です。有瀧教授がシロギスの養殖を始めたのは8年前からですが、当初は全くその気はなかったようです。
福山大学 有瀧真人 教授
「もともと養殖をするっていうつもりは全くなくて、学生の実験材料としてシロギスを導入して実験をしていたのですけれど、ところが飼ってみたら、1年半で20センチを超えてきたということで、これだったら養殖にも使えるかなということで始まったんです」
クラハシは養殖事業に適当な魚を検討していたところ、シロギスの養殖を手がけていた有瀧教授を知ることとなり、2018年から技術指導を受けるようになりました。
ただ、有瀧教授は福山大学で行う養殖では特別なことはしていないといいます。
有瀧真人 教授
「加温もしないし、特別な何か装置をつくるわけでもなくて」
クラハシは、沖縄県の最北端の村・伊平屋村(いへやそん)で養殖事業を展開しています。
地元漁協から容量50トンの水槽を3基借りて、そこへ因島などで取れたシロギスを入れ養殖を始めました。いまでは12基になっています。
シロギスが泳ぐ沖縄の海の水は、水温が18℃以上で、シロギスにとってはプラスの要素に働きます。有瀧教授は沖縄での事業展開に太鼓判を押しています。
有瀧真人 教授
― シロギスはどの時期が良く伸びる?
「夏場です。水温が15℃以上ないと、えさを食べないんですよ。12月、それから4月の初旬くらいまでは水温がすごく低くなりますから、その期間は成長が止まってしまう。クラハシさんが今やっている沖縄の水温ってのが常に18℃以上あります。瀬戸内海で育てるよりもまた1.5倍くらい成長が早いんですよね」
しかし、メリットばかりというわけではありませんでした。2019年からクラハシは沖縄での養殖事業を始めましたが、当初はなかなかうまくいくことがありませんでした。
倉橋彩子 専務
「夏場は養殖場内が40℃を超えたりするんです。そうすると水温自体が28℃以上の30℃の、非常に仔魚(しぎょ・赤ちゃんの魚)にとっては生存するのに非常に厳しい環境だったんだろうと」
夏場の環境に、魚が全滅してしまうこともあったといいます。そこで、赤ちゃんの魚=仔魚のために温度管理の可能な「沖縄種苗センター」を2022年4月に開設しました。
ここで仔魚が3~4センチになるまで飼育するほか、養殖では海水の塩分濃度を下げるなどして魚の負担を減らし、育成を早めています。こうして育てられたシロギスが今回、市場を通じて出荷されました。
出荷を前に、クラハシと沖縄種苗センターなどを結んでのビデオ通話が行われました。
天野文男 社長
「魚体を冷やしておかないと、やっぱり輸送時、すぐ魚体温度が上がっちゃうんで、鮮度が悪くなるんだよ」
おいしいシロギスを届けたい―。社長から細かな指示が飛びます。
17日、沖縄の養殖場で初出荷へ向けた水揚げが行われました。1年半の間に育ったシロギス。クラハシの社員たちが1尾ずつ手にとって梱包し、全国の市場へ出荷していきました。
福山地方卸売市場に出荷されたシロギスが福山市内の寿司店「魚勝」に運び込まれました。
職人
「ぬるぬる。沖縄のじゃけえのう。ちいとぬきいところで、身が弱いかもしれんけど、脂のっとるぞ」
いよいよ客の口に入る時が来ました。さばいただけでもシロギスの脂の乗りのよさが伝わってくるようです。提供されたのは塩焼き・天ぷら・握りの3品です。
食べた人たち
「適度な歯ごたえと甘みがあっておいしいですね」
「甘みがありますね」
「もう少しやせているのが多いじゃないですか、天然のキスって。身がすごくふっくらしている感じがあって、ふわふわでおいしいです」
「キスはこの辺りはよく取れるんですか」
魚勝 豊田健路 会長
「ここら辺も揚がるのは揚がるけど、今、入ってくるのは山陰が多いねえ。大きいサイズがおらんから、なかなか」
「これが安定して入れば使い勝手も良いし」
養殖シロギスの出荷はまだ始まったばかり、2025年3月には10万尾の出荷目標を立てています。
クラハシ 倉橋彩子 専務
「構想から初出荷に至るまで決して順風満帆とは言えなかったので、特に作業をしてくれている若い社員たちに対しても非常に励みになると思いますし、なにより福山大学の先生方、福山大学にも少しご恩返しができたのかなという思いでいっぱいです」
気候変動などで漁獲に変化が見られる昨今。かつて食べられていた魚が食べられなくなる時代になりつつある中で、クラハシや福山大学の取り組みはわたしたちの食文化を守っています。