大津市のマンションからSOS、踏み込んだ警察が見たものは 女性3人を支配した暴力の実相

大津地裁

 5月17日、女性の声で助けを求める電話が警察にあった。「同居する男からひどい暴力を受けている」。住所も分からなかったが、警察官は断片的な情報から大津市内のマンションを突き止め、女性を保護した。

 ところが室内には別の女性も2人いた。警察官が事情を聴こうとしたが、2人は部屋から出ようとしなかった。「逃げたら暴力を振るわれる」。おびえた様子の2人。いったいこの部屋で何が起きていたのか―。

 翌日、通報したAさん(27)を殴った疑いで、この部屋に住む設備業の男(44)が逮捕された。やがてBさん(36)とCさん(37)が受けた被害も明らかになる。

一度は逃げようとしたが…

 Cさんが男と知り合ったのは16年前。勤務先のパチンコ店の常連客だった男と付き合うようになった。男が借りた住宅に住むようになったが、「親に住所を言うな」「勝手に連絡取るな」と束縛され、パチンコに負けるたび暴力を振るわれた。

 一度は男のもとから逃げようとしたことがあった。連れ戻された揚げ句、男の知り合いの司法書士に「暴力は受けていない」とサインさせられた。「逃げられなくなり、監視される生活を送った」(Cさんの供述調書)

 Bさんも11年前、仕事を通じて男と知り合う。職場でパワハラを受けていると相談し、一緒に生活するようになった。男の事業を手伝うが、男は仕事をしないなどと腹を立て、暴言を吐いた。「何年、何もせんと食わしてもらいよるんや」「1千万円ぐらいおごってんぞ、お前らに、ふざけんなボケ」「蹴り殺すぞ」。Bさんは手をぎゅっと握って耐えた。「恐怖で逆らうことができず、窮屈で息苦しい毎日を送っていた」(Bさんの供述調書)

 Aさんが働く飲食店に男が訪れたのは昨年11月。年明けから同居が始まり、すぐに暴力が始まった。「好きな韓国人アイドルの話をすると怒られた。パイプ椅子で殴られ、腕が腫れて青紫色になった」(Aさんの供述調書)

暴行発覚の経緯

 別れたいと告げても暴力を受け、指を詰めろとハサミで脅されたという。連日暴行を受けるAさんを、BさんとCさんは励まし、ひそかに暴力の様子を撮影していた。

 この映像が証拠となり、男は傷害や脅迫などの容疑で複数回逮捕された。暴力行為等処罰法違反に罪名が変更され、9月25日、裁判が始まった。

 スーツに身を包んだ男は黒縁眼鏡をかけ、髪を後ろで縛っている。話す時に大きく身ぶりを交える癖があるようだ。起こした事件とは対照的に法廷では声は小さく、聞き取りにくい。

 まずはAさんに暴力を振るったことへの反省を口にした。「良くなってほしいという思いがあった。本当は言葉で言いたかった」。BさんやCさんへの暴言についてはこう弁解する。「10年間、一緒にいる中で調子に乗っていたことがあった。生活費を出していたのに思い通りにならなくて腹を立てた」。一方、2人への暴力はしばらく前に振るわなくなり、「Aさんと同居するまでは穏やかに過ごすこともあった」と釈明した。

 「支配関係はあったと思うか」。弁護人からこう問われると、「思っていない」。頼み事をしても嫌だと断られることがあった、買い物やディズニーランドにも行った、穏やかに過ごしていた、と言い張った。

判決の結果は

 検察官が詰問する。「あなたが支配関係はなかったという気持ちと、被害者が暴力を受けていた気持ち、違うと分かりますか」。男は少し時間を置き、「…分かります」と消え入るような声で返した。

 2週間後の判決言い渡しの日。入廷後も男は眼鏡を触るなど落ち着かない様子だった。言い渡されたのは懲役3年、執行猶予5年。5年間の保護観察が付き、執行猶予判決の中では最大限の量刑となった。裁判官は「日常的に暴力や脅迫的な言動を繰り返し、被害者らは深く傷つき、強い恐怖心を抱き続けている」と指摘した。

 「暴力的な傾向の根深さや自己認識の甘さがあり、継続的な観察が必要」と保護観察の理由も説明した。裁判でもなおゆがんだ認識を示した男。カウンセリングを受けて粗暴な性格を矯正したいと語ったが、更生の道は険しいかもしれない。

 女性たちが自由を奪われた年月はあまりにも長い。支配から逃れた今、果たして安心した生活を送れているだろうか。4人が住んでいたマンションを訪れると、高い秋の空を何羽ものトンビが舞っていた。

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