長崎大の前学長・河野さん(73) 臨床医として再始動 大組織のトップから転身、地域医療に挑戦

柔らかな表情で問診する河野さん=佐世保市、北松中央病院

9月末までの6年間、長崎大学長を務めた河野茂さん(73)。学生と教職員計約1万2千人が在籍する巨大な組織を束ねてきたリーダーが、学長退任直後の10月から地域医療を担う1人の医師として再始動した。
 「不安なことはなかかな」「次は半年後よ」。11月中旬、長崎県佐世保市江迎町の北松中央病院を訪れると、白衣姿の河野さんが診察室で男性患者に柔らかい表情で話しかけていた。名札には「呼吸器内科専門医 医学博士」の文字。学長の前は長崎大学病院長や同医学部長を務め、経営、管理に軸足を置いていた。このため臨床の現場で本格的に患者を診るのは十数年ぶりという。
 学長としての手腕が評価され、企業や団体などから経営に携わってほしいという要請が「実際にいくつかあったけど、もう70代だしね。経営は若い人がやった方がいい」と断った。
 東彼波佐見町出身。祖父は地元の開業医で「幼い頃から跡を継ぐのは自分と思っていた」。長崎大医学部に進んだのは自然な流れだった。「いつかは古里に帰ると思っていたから若い頃は好きなことをした」。夏になるとプライベートで毎年のように渡米。海外留学も経験した。ただ、研究者として頭角を現し、40代で教授に。地元に戻ることはなかった。
 弟も医師になり、地元で開業。「優しい性格だから自分より適任だったかも」と笑うが、地域の人に向き合いたい思いはずっと抱いていた。こうした思いに医学部の後輩で北松中央病院理事長の東山康仁さんが応えた。学長退任後、2週間に2日のペースで長崎市から通い始めた。
 東山理事長は「県内でも県北は医療体制が脆弱(ぜいじゃく)」と指摘。1人の医師としてだけでなく、県内の医療界で影響力の大きい河野さんが実際に県北の医療に携わることで「いろんなことに気付いてもらえると思う。人材の確保など地域医療の充実につながればありがたい」と語る。
 久々の臨床の現場に「日々勉強で新鮮」とほほ笑む河野さん。大学病院には専門医の治療が必要な患者が訪れていたが、「ここではいろんな症状の患者さんを診る。分からないこと、迷うことがあれば大学病院の先生に電話で聞いて教えてもらっている。体が動く限り地域医療に携わっていきたい」と目を輝かせる。

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