相次ぐフリーランスの労災認定…その背景と意義、立ちはだかる「壁」

個人配達員は大量の業務とアプリによる管理で実質、管理下にあるケースも(マハロ / PIXTA)

フリーランスと会社員の間にあった契約上のグレーゾーンが、ようやくホワイトに近づきそうだ。この9月、10月にフリーランスの個人事業主の労災が労働基準監督署(労基署)に立て続けて認められた。一つはアマゾン配達員の事例で、過去の状況を考えれば大きな前進といえる。2024年秋ごろともいわれる「フリーランス保護新法」の施行を前に、不当な契約や低い対価などを強いられがちなフリーランスの労働環境適正化へ向けた動きが、一気に推進力を増している。

世界最大の小売り、アマゾンは世界最大の荷物を抱えている。それらをスピーディーに、正確に顧客へ届けるのは、個人の配達員の労力も不可欠だ。彼ら彼女らがいなければ、アマゾンを便利なサービスだとは思わないだろう。ところが、アマゾンは、個人の配達員を「従業員ではない」と冷たく言い放つーー。

「配達員に感謝しろ!」

世界的なセールイベントが行われる「ブラックフライデー」に合わせた11月24日、東京都目黒区のアマゾンジャパン本社前で、配達員らの労働組合は、労働条件の改善を求め、抗議集会を開いた。神奈川県や長崎県内の配達員らが加入する組合「東京ユニオン」などが主催した。

シュプレヒコールの際、手に持った横断幕には「配達員に感謝しろ!」の文字。「Make Amazon Pay(アマゾンは正当な賃金を払え)」と訴えた。

東京ユニオンは、アマゾン側に対し、賃金アップと併せて過大な荷物量を減らすよう要求する文書も提出した。2つの訴えは、労働者として当然の権利といえる。ところが、アマゾンにとって、個人の配達員は契約上、従業員ではないと。それを盾に、改善に向けた話し合いにさえ応じようとしないのが実状だ。

「労災保険上の労働者と認められたことはイコール、労働基準法法上労働者と認められたことになる」と意義を語る有野弁護士(11月22日 都内/弁護士JP編集部)

フリーランスは、発注側の会社と業務委託契約などを結び、依頼に対し、納品物などを提出することで対価を受け取る雇用形態。依頼主はあくまでも成果物を求め、それに応えてもらうだけというのが基本で、指揮命令権はない。だからこそ、請け負った側は全てを個人の裁量で判断できる。「フリー」が、まさに自由と合致する働き方だ。

多くのフリーランスはそうした自由を求め、あえて社員にはならず、個人事業主を選択している。ところが、仕事を依頼する企業側はこの契約をどこまでも都合よく解釈するようだ。大量の仕事をあてがい、賃金も硬直的で流動性はない。結果、依頼を受けた側の多くは事実上、大量の仕事に縛られ、自由を奪われ、低賃金でこきつかわれるだけの存在になっている。

厳しければ拒絶すればいいと考えるかもしれない。だが、契約を打ち切られるリスクを懸念して断りづらいなどの理由で受け入れているフリーランスは少なくない。そうした力関係による見えない圧力も見過ごせないが、なにより問題なのは事故が起こった際、依頼側がなんの責任も負わないことだ。

散々こき使い、実質的にアプリや大量の仕事で自由と裁量を奪いながら、事故に遭っても自己責任と我関せず。それが、世界中で「Make Amazon Pay(アマゾンは正当な賃金を払え!)」が巻き起こる根源だ。

相次いだフリーランスの労災認定

日本では、10月上旬、労働組合の「東京ユニオン」が、仕事中にケガを負った60代の個人事業主A氏の労災認定を申請。9月に横須賀労働基準監督署(神奈川県)に認定されたことを明かした。

A氏はアマゾンジャパンの配達を委託された個人事業主。アプリなどで、実質的に指揮命令するなどの働かせ方が労働者であると労基署が認定した形だ。弁護団は、「労災保険上の労働者と認められたことはイコール、労働基準法法上労働者と認められたことになる。この労災認定は、フリーランスの労働者性が肯定された画期的な判断だ」と声明を出している。

「指揮命令の在否が問題とされることが多い業界での今回の労災認定は意義がある」と出版ネッツ(11月15日 都内/弁護士JP編集部)

これに続くように、10月には出版系の労働組合「ユニオン出版ネットワーク(出版ネッツ)」が昨年12月に申請していた通勤中にケガを負ったフリーカメラマンB氏の労災が、品川労基署(東京都)に認められたことを報告した。B氏は実質的に会社側の指揮命令下にあり、そのことが労働者と認められ、会社側へは労働保険加入の指導がなされている。

出版ネッツはアマゾン配達員に続くこの労災認定について、「メディア業界は業務遂行過程の裁量性が高く、指揮命令の在否が問題とされることが多い。そうした中でフリーランスの労働者性が認められた点で意義がある」と力を込めた。

東京ユニオンは11月、さらに追い打ちをかけるように労災認定を受けたA氏および同様の働き方をしている他の7人について、「同じように労働基準法が適用されるはずだ」と、時間外労働、休憩時間、有休付与などについて横須賀労基署へ労働基準法違反を申告した。

壊すにはとてつもない力が必要と思われた”岩盤”にはすでにひびが入っており、今後、A氏の前例をトリガーに、フリーランスの労働者性が雪崩を打つように認められていく可能性もある。

イタリアの事例を出し「いい結果を得るためには動くこと」とエールを送ったフランク氏(11月22日 都内/弁護士JP編集部)

東京ユニオンがこうした現状報告した場には、来日中だったITF(国際運輸労連)副会長のフランク・モレールズ氏の姿も。世界150か国の運輸労働者の生活向上の運動をけん引する一人でもある氏は、「労働組合を敵視していたアマゾンが組合を承認し、団体交渉に合意したイタリアの事例もある。労働者かアマゾンか。どちらが変わらなければいけないかは明らかだが、イタリアの事例のようにいい結果を手にするためにやらなければいけないのは、行動することだ」と日本の動きにも力強くエールを送った。

代理人を立て、交渉に応じない企業側

一方の、労災を認めさせられた形の企業側の対応は硬直し切っている。フリーカメラマンB氏の労災を申請し、会社側との交渉も行っている労働組合「ユニオン出版ネットワーク」の広浜綾子氏は「『契約通り』の1点張りで、全く話に応じようとしない」と現状を説明。東京ユニオンで雇用主側の運送会社と交渉する横浜律事務所の有野優太弁護士も「契約を盾に交渉にも応じず、やることも全くやってくれない」とあきれ顔だ。

もちろん、ここで手を緩めるつもりは微塵もない。労災認定という強力なカードを手に、東京ユニオンは、来年早々にも訴訟での決着を視野に入れる。「行政判断が判決に左右されることはなく、予断は許さないが、勝算は十分ある」(有野弁護士)。広浜氏も「労災認定の事実でどんどん世論を巻き込んでいければ」と外掘りを固め、フリーランスの労働者としての権利を確保する算段だ。

追い風もある。政府は2024年秋ごろをめどにフリーランス新法施行へ向け、アクションを続けている。世間のベクトルは着実にフリーランスの労働環境改善へ向けて合致しており、大きな岩盤に穴が開くのも時間の問題といえる雲行きだ。

フリーランスを重宝する企業の多くは、資金の余裕がないことをその理由にするという。だが、有野弁護士は「例えば、今回のA氏の労災が認められた運送会社は複数の拠点があり、広告費もかなり割いている。労働者側に回す予算がないというのはおかしい」とズバリ指摘する。

労働実態が反映されないまま、フリーという響きだけがプラスのイメージで独り歩きし、いつの間にかさまざまな業種で定着した印象の企業による搾取的な働かせ方。それが脱法的であることは明らかで、労働者から不当に利益を吸い上げてきた企業は、いよいよ曲がり角に差し掛かっていることを自覚した方がいいのかもしれない…。

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