消費税という壮大なインチキ(上)こんな日本に誰がした その4

林信吾(作家・ジャーナリスト

林信吾の「西方見聞録」

【まとめ】

・10月から実施されているインボイス制度。

・年商1000万円以下の事業主から消費税を取らなかったのは、税収と徴税コストのバランスが悪いから。

・インボイス制度の導入で税率が上がる業者も。大型間接税どころか「ぼったくり税」。

岸田首相にたいする悪口の中で、最も人口に膾炙しているのは「増税メガネ」だろう。

半世紀以上のキャリアを持つ由緒正しい(?)メガネ族としては、いささか心外でもあるのだが、本シリーズでここまで述べてきたように、物価高騰に見合う賃上げが実現せず、皆が豊かさを実感できていない中、一連の増税策を打ち出してくる政権に対して、国民がいらだちを募らせるのも無理はない。くどいようだがメガネに罪はないけれども笑。

とりわけ私のような零細自営業者にとっては、10月から実施されているインボイス制度は、本当に頭にくる。

すでにマスメディアが取り上げているが、これまで年商1000万円以下の事業主に対しては、消費税の徴収を免除されていた(いわゆる免税事業者)ものが、これ以降、

(1) 消費税分を加算したインボイス(適格請求書)を発行し、納税の義務を負う。

(2) これまで通り免税事業者として事業を継続する。

という二者択一を強いられることとなった。

すでにご承知の読者も少なからずおられようが、前者を選択したならば、取引のたびにインボイスを発行して消費税を納付しなければならなくなる。

ならば後者を選べば……というほど世に中は甘くないので、この場合は、私のようなフリーランスの物書きに当てはめて想定してみると、出版社はほぼ例外なくインボイスを発行する登録業者なので、私が免税御者のままだと、消費税分は出版社の負担となる。

幸いなことに私は林信吾なので笑、今のところ仕事を切られそうな予兆はなく、猶予期間(令和8年9月30日まで)までは放置を決め込むつもりだが、そうは行かない、という立場の人も少なからずいる。零細自営業者など、消費税の納税義務を元請けに押しつけたりしようものなら、たちどころに仕事を切られるリスクがある。いずれにせよ私を含めて、どのみち年収が目減りする(消費税を召し上げられる)のが事実だ。

これに危機感を抱いた声優さんなどフリーランスの人たちが抗議デモを行ったりしたが、あるインフルエンサーが、

「デモなんかしてるヒマがあるならVtubeでも始めたらいい」

「今まで消費税を着服しておいて……」

などと発信してヒンシュクを買ったようだが、この人は消費税やインボイス制度のなんたるかをまるで調べないまま、勝手なことを言っているのだろう。

そもそも日本における消費税が、どのような議論と政局を経て導入に至ったのか、そこまでさかのぼって詳細に述べる紙数はないので、関心のある向きは拙著『納税者だけが知らない消費税』(葛岡智恭と共著・電子版アドレナライズ。オリジナルの書籍は『今こそ知りたい消費税』NHK生活人新書)をご参照いただきたい。

ここでは、免税業者が今まで「消費税を着服していた」という議論についてみてみよう。

言うまでもないことだが、税金を取り立てるには、それなりのコストがかかる。これまで年商1000万円以下の事業主から消費税を取らなかったのは、税収と徴税コストのバランスが悪いと考えられていたからで、それが今になってインボイス制度が導入されたのかと言えば、もはやなりふり構わず税金を取り立てないと、国庫の収支がもはや「危険水域」に入った……財務省がそう考えるに至ったからであろう。

これは決して私一人の「感想」ではなく、複数のエコノミストや税理士が開陳している。

もうひとつ、税理士協会の内部で囁かれているのは、

税理士を徴税のアシスタントとして取り込もうということではないか」

ということなのだとか。

これは、外資系企業で長年経理や税務の仕事をして、今では事務所を立ち上げている旧知の友人と、別の税理士の知人からも聞かされたのだが、あくまで「業界の噂」であることは明記しておく。

その前提で、具体的にどういうことなのかというと、インボイス制度と並んで、昨今では電子納税(e-Tax)が普及し、税理士を介さずとも税務署と直接インターネットでやりとりできるようになっている。税理士にしてみれば、申告手続きが特段に複雑になる大企業以外のクライアントが減ることが危惧されるということのようだ。

そこで、インボイス制度導入を機に、月額数千円で個人事業主の税務を引き受けます、という営業を始める事務所が結構見受けられるのだとか。

たしかに、このインボイスは記載欄が多くて扱いが恐ろしく面倒だから、取引のたびに発行するより、月額数千円で税理士と契約できるなら、と考える人も少なくないだろう。

今までの感覚では、税理士と契約するのはそれなりの規模の企業か、個人事業主でも歯科医など実入りのよいひとたちで、もっぱら税金を安くしてもらいためだと考えられていた。ところが、前述の話の通りなら、まさに「税務署の手先」になったと言われても仕方ない。税理士も食べて行かねばならないのだから、批判されるべき事柄ではないと思うが。

いずれにせよ、過去に免税業者であった人たちが「消費税を着服していた」などとは、とんでもない言いがかりで、全ては税務を司る財務省の都合で動いたことなのである。

再び「そもそも論」に立ち返ると、くだんのインフルエンサーのみならず、消費税それ自体の問題点について、よく知らない人が多い。

まず「消費税」という名称だが、1987年2月、時の中曽根内閣大型間接税の導入を柱とした関連法案を提出した際は「売上税」という名称であった。

これで、中曽根内閣は野党のみならず、世論から袋だたきの目に遭った。この前年に行われた衆参同日選挙に際して、首相自身が、

「(国民の多くが反対している)大型間接税は導入しない」

「この顔が、嘘つく顔に見えますか」

などと遊説で発言していたからである。舌の根も乾かないうちに「売上税は中型間接税」などという弁解など、通用するはずもなかった。商店街にまで、中曽根首相の顔をデフォルメして「嘘つく顔を忘れるな」として、売上税導入に反対するポスターが張り出されたほどである。売上税が導入されると、自動的にその分が値上げとなるので、顧客離れが起きることが危惧されたのだ。結局、全国レベルでの反対の声の前に、この法案は廃案となった。

ただ、ここで見ておかなければならないのは、大型か中型かではなく、間接税という呼称がそもそも適正か、ということである。売上税を消費税に置き換えても、問題の本質はなにひとつ変わらない。

間接税の反対語は言うまでもなく直接税だが、所得税や法人税のように「納税義務者と税負担社が同一である」税金のことを、こう定義している。つまり間接税とは、納税義務者と税負担者が別々の存在である制度だ。前述の知人の言葉を借りると、

「林さんなら林さんが買い物をして、お金を払った時点で納税手続きが終わっていれば、それは間接税と呼べるのだけど、消費税はそうじゃないからね。間接税ですらないのだよ」

ということになる。酒税を考えてみれば分かるが、蔵出し(出荷)の段階で課税され、消費者は酒税分を含めた値段で商品を買うわけだから、これは「本物の」間接税である。

一方、消費税に関してはご案内の通り、私なら私に物を売った小売店は、消費税分を加算した金額を受け取るのだが、納税は決算を終えてからになる。一見すると、

「納税義務者は小売店、税負担社は消費者」

ということで間接税の定義に合致しているようだが、実態はそうではない。

なおかつ消費税は「製造業者→問屋→小売店→消費者」といったように取引のプロセス全てに課せられている。インボイス制度の導入により、税負担が増える業者も少なくない。大型間接税どころか「ぼったくり税」と呼ぶのがふさわしいのではないか。

納税それ自体は、日本国憲法にも明記された国民の義務である。私は世に言う「護憲派」とはまた違った意味で憲法を尊重する立場であるから、これには従う。

しかしながら税制や税負担に対しては、異議を申し立てる権利は厳然とあるのだろうと、私は考える。

次回、この問題をもう少し掘り下げて見る。

トップ写真:町工場で旋盤作業に従事する工員(イメージ ※本文とは関係ありません)出典:tdub303/GettyImages

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