社説:裁判記録の保存 「国民の財産」と徹底を

 遅きに失したが、重大事件の裁判記録が「国民共有の財産」として保存されることになった。

 少年事件の記録が多数廃棄されていた問題を受け、最高裁が適切な保存を図る新たな規則を制定した。「廃棄ありき」を排し、価値のある裁判記録を後世に残す意識を改めて徹底する必要がある。

 昨年10月、神戸市で1997年に起きた連続児童殺傷事件に関する記録が保存されていないことが発覚。その後、各裁判所で注目を集めた事件の記録廃棄が相次いで判明した。2012年に児童ら10人が死傷した亀岡市の集団登校事故の記録も京都家裁が廃棄しており、保存の運用が統一されていない実態が明らかになった。

 そもそも少年事件の記録は、26歳になるまで保存後に廃棄すると内規で定める一方、史料的価値の高い事件は「特別保存」を義務付けていた。19年にも憲法判断などが絡む重要な民事訴訟の記録廃棄が問題化しており、裁判所内で記録保存の大切さに対する認識が甘かったのは否めない。

 特に少年審判は非公開で、記録が失われると復元は難しく、審理の過程を再検証できない。神戸事件などの遺族にとっては失った家族の最期を伝える記録でもあり、損失の大きさは計り知れない。

 このため、最高裁は家裁などの少年事件や民事裁判について調べ、今年5月「後世に引き継ぐべき記録を多数失わせた」と謝罪し、再発防止策を検討していた。

 新たな規則では、歴史的、社会的な意義のある裁判記録は「国民共有の財産として保存し、後世に引き継ぐ」と記した。理念を明示して、従来の「原則廃棄」の方針を転換したのは評価できる。

 廃棄する際には、必ず裁判所長の認可を受ける運用に改める。また、記録の保存を誰でも裁判所に要望できるようにする。

 記録保存の在り方を助言する公文書管理の有識者らで構成する第三者委員会を最高裁に新設し、保存の適否をチェックする仕組みも整えるという。

 ただ、記録の膨大化で各裁判所の記録庫が窮迫している背景があるのに、具体的な対応策を示さなかったのは残念だ。デジタル化や国立公文書館への移管などで実効性を高めたい。

 実際に裁判記録を取り扱う書記官らが、公文書管理の重要性を学ぶ研修の充実は必須であろう。少年の更生やプライバシーに配慮して閲覧は制限されるとはいえ、研究者らが容易に閲覧、活用できる環境の整備も急務と言える。

© 株式会社京都新聞社