宝塚歌劇団員死亡の衝撃 舞台裏、過密スケジュールと過重労働 公演年1300回超「ハードになる一方」

「しっかり膿を出し、直すべきところは直してほしい」。再開を待ちわびたファンからは、こんな声が聞かれた=1日午後、宝塚市栄町1、宝塚大劇場(撮影・長嶺麻子)

 12月1日、2カ月ぶりに観客を迎え入れた宝塚大劇場(宝塚市)周辺は物々しい雰囲気に包まれていた。報道陣のカメラを避けるように、中に吸い込まれる観客たち。ロビーに入ればいつも通り公演のテーマ曲が流れ、グッズ売り場には長蛇の列ができていた。舞台上のスターは強い照明を受けて輝き、以前と同じ華やかさが戻ったかにも見える。しかしその裏側には依然、暗い影が差している。

 9月30日、宙(そら)組の俳優女性(25)が自殺の可能性が高いとみられる状況で死亡した。遺族は過重労働と上級生によるパワハラが原因と主張するが、歌劇団は過重労働を認める一方で、弁護士による聞き取り調査で「パワハラは認められなかった」としている。

 10年以上前に退団したあるOGは「時代錯誤なことも多かった」と振り返る。ぬれぎぬでも上級生に怒られれば釈明は許されない。失敗を謝る時は、定型の謝罪文を一言一句間違えず言わされた。

 舞台の仕事は一人の失敗が全員に影響する。「繰り返さないために意図的に厳しく指導する面はあった」という。ただ同時にほかの団員が必ずフォローをしていた。「時間に追われれば言葉がきつくなり、自分のことで精いっぱいになる。(亡くなった女性は)サポートもなく追い詰められたのでは」と推し量る。

 余裕を奪う原因は何か。年間1300回超の公演に加え、稽古や専門番組の収録、雑誌の取材など表に見えない活動時間も多い。

 歌劇団が実施した弁護士による聞き取り調査には多数の団員が次のように証言している。「過密なスケジュールにより心身ともにつらい」「公式稽古だけでは時間が足りず、不足を補うため長時間の自主稽古が実施され、参加が事実上必須」

 背景には作品や演出の高度化、複雑化があると報告書は指摘する。「求められるものがハードになる一方、システムは昔のままきてしまった」。ある歌劇団関係者はこぼす。

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 過重労働は団員だけではない。2021年、歌劇団は演出助手の休日労働などを巡り、西宮労働基準監督署から是正勧告を受けた。

 宝塚の舞台運営や美術制作を請け負う「宝塚舞台」で数年前まで働いていた女性は「毎日3時間半の残業が常態化。劇団側からの発注は絶対で、厳しい日程の作業を強いられた」と振り返る。勤務中のけがで労災申請をしようとすると、取り下げるよう説得されたという。

 大阪音大講師の松本俊樹さん(演劇史)は「宝塚では裏方の求人がよく出ていて、人的余裕がない可能性がある」と指摘する。「報告書からもスタッフの大変さが読み取れる。演者にしわ寄せがいっているのでは」

 亡くなった宙組女性は、入団7年目までの団員で行う「新人公演」で、全体のまとめ役、演出助手の仕事の一部も担った。休日に衣装を買い求め、深夜に髪飾りを手作り。遺族側によれば、亡くなる前1カ月の総労働時間は400時間、時間外は250時間を超え、睡眠時間は1日3時間程度だったという。

 松本さんは「小劇場演劇では演者が裏方を兼務することもあるが、宝塚の規模なら舞台に専念できる環境をつくるべきだ」と話す。

 宝塚歌劇団は7項目の改革案を示し、「出演者やスタッフなど関係者が安心して舞台づくりに専念できるよう、今後も取り組みを進める」とする。

 小手先の改革案ではその実現に不十分と言わざるを得ない。歌劇団を運営する阪急電鉄の関わりも問われている。夢と感動を届ける舞台が、誰かの献身と犠牲の上に成り立つものであってはならない。(小尾絵生)

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