山田太一さん逝く

 まず映画を見て、その後に原作本を読んだのを思い出す。山田太一さんの小説「異人たちとの夏」(新潮文庫)は奇妙な物語で、孤独に生きる中年の主人公が子どもの頃に死別した両親の幽霊と出会い、ひと夏を過ごす▲父母が冥界(めいかい)に帰るという日、夏だというのにすき焼きの鍋を囲む。〈肉も野菜も、どんどん追加するからね〉。だんらんの声が弾むひと時は、切ない別れの時でもある▲温かい家庭を連想させる「ホームドラマ」に“うわべ”抜きの深い陰影を刻んだ人だろう。脚本家の山田さんが89歳で亡くなった▲1977年のテレビドラマ「岸辺のアルバム」は、中流家庭の一人一人が秘密や闇を心に抱え、崩壊するさまを描いた。7年前、本紙に載ったインタビューでは、幸福に見えて〈実際にはマイナスを抱えている〉現実を描こうと思った、と述懐している▲ドラマ「ふぞろいの林檎(りんご)たち」の主人公を落ちこぼれの若者にしたのは〈マイナスが人を育てるから〉。描いたのは、ここでも心の陰影だった▲七色の虹は太陽を背にしたとき、前方に見える。太陽とは反対の向きに現れ、日の差す方角を探す人に虹は見えない。それとは逆に、日の差さない方を向いては、十人十色ならぬ七人七色の生き方を見つめた脚本家だろう。「虹を見る人」が静かに逝った。(徹)

© 株式会社長崎新聞社