障害者の「性暴力被害」 リスクは健常者の “3倍”? 加害者の “6割”が「顔見知り」 …当事者への調査で分かった “見えざる”実態

加害者が「顔見知り」だったケースは、親を含めると約7割に上る(USSIE / PIXTA)

今年、世の中に大きな衝撃を与えた「ジャニーズ性加害問題」により、これまで“見過ごされてきた”性暴力被害者の存在を実感した人は少なくないはずだ。

今日12月3日から9日までは「障害者週間」(※1)だが、ジャニーズ性加害問題における「男性の性暴力被害者」と同様に、「障害者」もまた、これまで“被害者”のイメージからこぼれ落ちてきてしまったと言えるだろう。その一方で、海外の複数の調査では「障害者は健常者の約3倍も性暴力の被害に遭っている」とのデータもあり、事態の深刻さがうかがえる。

※1 障害者の福祉について関心と理解を深めるための週間として、2004年に国が設定した

障害者の「性暴力被害」日本では…

日本における障害者の性暴力被害について、法政大学の岩田千亜紀助教(現代福祉学部)は「いまだ専門的な調査が行われたことはありませんが、実態把握の参考になる二つのデータがあります」と数値を挙げる。

一つ目は、DPI女性障害者ネットワーク(障害を持つ女性の権利保護を考える団体)が2012年にまとめた「複合差別実態調査報告書」に記された数値。ここでは、調査対象者87人のうち、35%にあたる31人が性暴力被害を受けていたとされている。

二つ目は、内閣府男女共同参画局が2018年に公表した「若年層における性的な暴力に係る相談・支援の在り方に関する調査研究事業」の報告書に記された数値。こちらでは、性暴力被害者の約55%が、何らかの障害を抱えていたことがあきらかになっている。

「いずれも障害者の性暴力被害の実態把握そのものを目的とした調査ではないので、正確なデータとは言えません。しかし、国内でも障害者の性暴力被害はかなり潜在化していると考えられると思います」(岩田助教)

障害者特有の“困難さ”が被害を深刻に

障害者の性暴力被害が潜在化している原因について、岩田助教は

  • ①社会全体の「セクシャリティ規範」に基づいた誤った認識
  • ②声を上げにくい構造
  • ③法律・制度の問題

の3点を指摘する。

①社会全体の『セクシャリティ規範』に基づいた誤った認識

これまでは男性の性暴力被害と同様に、そもそも「被害者の中に障害者がいる」ということが想定されてこなかった。

「たとえば聴覚障害があれば『支援センターに電話できない』、視覚障害があれば『加害者の容姿を説明できない』、精神・発達障害があれば『被害を信じてもらえない』など、障害者には特有の“困難さ”があり、健常者と同じような支援ではカバーしきれないケースが少なくありません。その結果、支援から排除されてしまった人がいるという実態が生まれています」(岩田助教)

②声を上げにくい構造

障害の有無にかかわらず、性暴力被害を訴えたことで「なぜついていったのか」「なぜそんな格好をしたのか」と責められ、二次被害を受けることは珍しくない。しかし障害者の場合、それに加えて「介助を受けられなくなる可能性がある」という切実な問題も絡んでくる。

「昨今、介助者による障害者への性暴力が問題となっていますが、今年私が障害のある人たちを対象に実施した調査でも、加害者が『知っている人』だったというケースは約6割(親を含めると約7割)に上りました。

障害があって介助に頼らざるを得ない場合、介助者との間には“力関係”のようなものが発生してしまいます。そうなると、性暴力に対して『嫌だ』とは、なかなか言えなくなるのです」(岩田助教)

さらに、知的障害や発達障害のある人の場合は、加害者から「こういうことは普通にするんだよ」「あなたか好きだからするんだよ」「秘密だよ」などと信じ込まされ、被害を被害と認識できず、相談につながらないリスクもあるという。

③法律・制度の問題

今年7月13日に施行された改正刑法(※2)には、可決時に附帯決議(法案に盛り込まれなかったものの、今後の運用にあたって留意すべき項目を示したもの)が付けられた。この附帯決議には、「心身に障害がある性犯罪被害者について、その特性を踏まえて適切な対応をすること」など、障害者のある性暴力被害者を念頭に置いた項目が複数盛り込まれている。

※2 これまで「強制性交罪」だった罪名が「不同意性交罪」となり、被害者が性行為に同意しない意思を示したり、抵抗することが難しかったりした場合にも、加害者を罪に問え得ることが明確になったことで大きな話題を呼んだ

岩田助教はこれを評価しつつも、「障害児者団体や、被害当事者である障害者へのヒアリングが行われていないなど、まだまだ曖昧であることは否定できません」と指摘する。

「先に述べた通り、障害者に対しては介助者による地位・関係性を悪用した加害が少なくありません。諸外国では『障害に乗じた性犯罪』『障害を知り得る立場に乗じた性犯罪』に対する罰則を設けていたり、刑の加重を定めたりしている国もあります。日本でも今後、ここまで法整備を進める必要があると考えます」

差別・偏見の延長に性暴力がある

岩田助教が今年行った調査で、障害のある性暴力被害者を取り巻く現状について意見・要望を聞いたところ、視聴覚障害を持つとある当事者は以下のように回答している。

「障害者は支援される側であって、少々の不都合や不快は我慢するべき、という認識が社会としてあるように思う。手伝ってやってるんだからこれくらい我慢しろ、という考えの延長に虐待や性暴力があると思う。また、目が見えなければ顔がばれない、ストーカーに気づきにくい、聴覚障害があれば声を上げづらいなど、障害特性固有の弱みが、抑制力をなくさせているとも思う」

上記をはじめ、同調査でもっとも多かった意見・要望は「障害者が尊重される社会への変化」「性暴力への取組みの強化」だったという。

「残念ながら、障害者に対して『自分よりも劣っている』『対等ではない』『支配してもいいものだ』という潜在的な差別・偏見を持っている人も少なくないのではないでしょうか。そういった意識から、障害者が健常者よりも被害に遭いやすい構造ができているとも言えます。

社会全体で障害者に対する差別・偏見がなくなっていかなければ、いくら『ダメだ』と言っても、彼らに対する性暴力はなくならないのではないかと強く思います」(岩田助教)

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