男子ツアーで切り撮った渾身の一枚は? フォトグラファー阿部未悠の撮影記/後編

前編に続いてフォトグラファー阿部未悠の撮影シーン&写真を紹介(撮影/服部謙二郎)

◇国内男子◇ゴルフ日本シリーズJTカップ 31日(初日)◇東京よみうりCC(東京)◇7023yd(パー70)

女子プロゴルファーの阿部未悠が男子ツアーの最終戦に乗り込み、トーナメントカメラマンデビューを果たしたのは既報の通り。前編ではアウトコースで撮影した写真を中心に掲載し、一日の撮影の流れやトーナメントを撮ることの難しさを伝えてきた。後編では彼女が切り撮った写真を元に、その狙いや撮影技術の細かい話を本人が語る。東京よみうりCC名物の18番ホールを、フォトグラファー阿部はどのように切り撮ったのか?

人間は難しい。動かないほうが楽?

練習グリーンから富士山がくっきり見えるほど、この日(初日)の東京よみうりCCは澄んだ青空が広がっていた。晴れわたった天気とは裏腹に、午前の撮影を終えた阿部の表情は曇っていた。「人間を撮るのは2回目」でいきなりプロスポーツの現場を撮影するのだから、なかなか上手くいかないことも多いのだろう。

背景や光の向きなどを気にして撮影場所を探す阿部

ゴルフのトーナメント撮影は、「ロープから腕の長さ分(ワンアーム)まで中に入れる」という決めごとはあるが、どの位置から選手を狙って撮るかには決まりはなく、光の当たり方や背景、構図を考え、良い撮影スポットを探さなければならない。光線や背景などの良い位置を見つけたとしても、選手がフレームに入ってくるかどうかは運次第。場所を決めやすいティイングエリアであっても、選手の立ち位置によっては日陰になったり、背景が悪くなったり、収まりの悪い写真にもなってしまう。そうした制約の上で、さらにカメラの設定(シャッタースピードや絞りなど)も考えねばならず、阿部の頭の中は思考がぐるぐると巡っていたに違いない。

阿部は初めて人間を撮影した時と比較し、「(ポートレートを撮った)吉田優利はこっちが『動いて』と言えばそのように動くし、ポーズもとってくれた。失敗したら撮り直しもできるし、その点は楽でした。でも今回は『こっち向いて!』とも言えないし、何よりタイミングがあっという間に過ぎ去っちゃう」と、トーナメント撮影の難しさを話す。「バンカーの写真を撮りたいと思っていたんですけど、『バンカーに入れて!』と言えないですしね。プロは入れないように頑張るわけですし、そもそも私もそんなこと言われたら嫌です(笑)」

阿部にとって多少のアドバンテージとなっていたのは、彼女が普段トーナメントで戦うプレーヤーのため“撮られ慣れている”こと。初の撮影ではあるが、どの位置からどのようなタイミングで撮ればいいのか、ある程度予測がしやすかったはずだ。また、コースのロケーションを見て「ドローヒッターだからこっちに立つかな」など、ティイングエリアで選手がどこに立つのかを、他のカメラマンよりも事前に予測しやすかったのは間違いない。

男子プロの技のすごさに改めて感動…

幡地隆寛の飛距離にびっくりしたという阿部(撮影/服部謙二郎)

阿部は写真を撮っていて、男子プロのパワーと技術に衝撃を覚えたという。「7番ホールのグリーン周りで撮影した後、後続組を待っていたら、すぐ横にボールが落ちてきたんです。2打目地点には誰もいないし、“え? これはティショット?”ってびっくりしました」。7番ホールは左ドックレッグの距離の短いパー4。ボールの主は飛ばし屋の幡地隆寛で、ショートカットしてグリーン方向を狙ってきたのだった(ヤーデージブックを見るとキャリーで320yd近かった)。

ボールはバンカーふちの斜面にめり込んでいたのだが、幡地はその2打目をウェッジで、力任せに上から打ち込んでグリーンまで運んだ。「ちょっと沈んでいたし、これはどうやって打つんだろうって思いながら撮っていました。私だったらフェース開いて打ち込まないようにするけど、男子プロはリストが強いから上からドンっていけるんだろうな」と、そのパワーに舌を巻いた。

こちらがその上からズドンのアプローチ(撮影:阿部未悠)

また、17番ホールの大槻智春のアプローチも「めちゃくちゃ印象に残りました」。グリーン右手前からバンカー越えのアプローチで、ピンは同じ右サイドでエッジからスペースがない状況。「どうやっても止まらない状況で、自分だったら距離を合わせるのもシビアだな…と。でも大槻さんはそれをロブっぽく球を上げ、フワッと高さを出してピンそばに止めたんです。最後はスピンもかかっていたな…」。阿部はその技に見とれ、ついシャッターを切るのを忘れてしまった。

17番と18番を行ったり来たり。斜光の魔力に自信を取り戻した

最終の5組ほどが上がりホールに来るのに合わせて、阿部は18番グリーンのわきを下って逆走。師走のこの時期は日が傾くのも早く、光線はだんだんと斜めになっていた。「17、18番は逆光に向かって打つ感じになるから、いい写真が撮れるかも」。コース撮影をするカメラマンは、朝と夕方のいわゆる“斜光”を狙う。昼間の真上からの光線に比べて、斜めの光線のほうが影が生まれやすく、コースを立体的に撮れるからだ。阿部も、斜めの光線をうまく写真に撮り入れようと考えたのだろう。

他のプロカメラマンと一緒に18番ティを撮影する阿部(撮影/服部謙二郎)

18番ホールのティイングエリアに着くと、みな同じ狙いなのかカメラマンがごった返していた。そのうちの一人のカメラマンが阿部を見つけ、何やら耳打ち。「18番ティの右後ろに赤いモミジの木があって。その赤を背景にボカシて入れるといい写真撮れるよ、って教えてくれたんです」

早速、阿部はアドバイスを実践。赤をバック(背景)にした石川遼(また石川遼!)をパシャリ。まぶしそうに打球を見つめる石川の表情からも“逆光感”が伝わる。石川が着るウェアの灰色とモミジの赤色のコントラストも美しく、さらに斜光で影の部分がしっかりと締まっていて、実に全体のバランスの良い作品だった。

こちらがフォトグラファー阿部渾身の一枚。石川×紅葉(撮影:阿部未悠)

いい写真が撮れると、カメラマンというものは気分が乗ってくるもの。後半の撮影をしているときの阿部は、前半と打って変わって表情が引き締まり、饒舌になっていた。「次は短いレンズにも挑戦したいですね。もうちょっと広い絵も撮りたい時に、今の装備だと無理があるんですよね。私も一応50mmの単焦点レンズを持ってはいたのですが、コース内でレンズをつけ替えるのはホコリが入りそうですし、そうなると新しいボディも必要だなぁって。いつも試合の現場で何台かカメラを持ち歩いているカメラマンさんを見かけますが、その理由がよく分かりました」

阿部は、もう次の撮影にまで思考をめぐらせていた。

利き目は左だというがファインダーは右目でのぞいていた(撮影/服部謙二郎)

寒空の中で一日歩き回っての撮影を終え、ぐったりかと思いきや、「好きなことをさせてもらったので疲れはないです」。さすがプロゴルファー、体力は他のどのカメラマンにも負けていなかった。

今回の撮影について、「すごくいい環境で撮らせてもらえて、とても楽しかったです。でも楽しかっただけで済ましちゃいけない。光や場所とかスピード感とか、必ずしも撮りたいものが撮れていないので、やっぱり反省するところは沢山あります。普段、トーナメントで撮影されているカメラマンさんたちのすごさを改めて感じた一日でした」と振り返った阿部。プレスルームの中で写真をセレクトしている表情は、どこかうれしそうだった。

フォトグラファー阿部未悠の狙い 「作品」を元に解説

ここからは、阿部が実際に撮影した写真を、本人の解説付きで紹介していこう。

砂が舞い散るあの感じが撮れた!

17番グリーン右手前のバンカーで待ち伏せしていました。パー5のグリーン周りなら誰かバンカー入れるかなーって思って待っていたら、稲森(佑貴)さんのボールが転がってきて。「あ、入った!」って、不謹慎ですけど(笑)。明るさはなかったですが、頑張ってアンダー(露出暗め)で撮ってみました。結果、光と影のバランスが上手くいって、そのまま画像補正せずに使えそうでした。まさに砂が飛んで、球がフワッて上がっている、よく試合の写真で見るやつ。念願の写真が撮れてうれしかったです。

同世代の選手をパシャリ

「蝉川さんは表情が豊かだから撮っていて楽しい」(撮影:阿部未悠)

男子ってベテランの選手が強いイメージで、若い人が活躍するのは難しいと思っていたんです。でも最近は同世代の選手がけっこう活躍していて、それこそシード権を取った顔ぶれも若いですよね。女子もそうだけど、男子も若年齢化してきているんだなと。ということで、同世代の選手を狙って撮りました。撮影に選んだのはスタートホール。気合が入ったカオ、緊張しているカオ、リラックスしてキャディさんと話して笑ったカオ、最終戦のスタートは選手がいろんな表情をします。同級生の蝉川(泰果)くんは、いい表情をしていましたね。最終戦に向けて引き締まっている感じで、硬いわけではないですが、いかにも集中しているなって。蝉川くんは表情が分かりやすくて、とても撮りやすかったです。

練習場で男子プロのゴルフ好き度に驚く

練習場で見ていても、男子のスイングやボールのスピード感がすごかった。私はドライバーが一番得意なので、ドライバーを特に見ちゃうんですが、自分の目線の高さよりも3段階上にボールが飛んでいきます。蝉川くんも球が高いし、岩崎亜久竜さんもこんなに球が高いんだって。しかもアタリが厚そうな音がして、永遠に落ちてこなそうな球。みんな打席で悩んでいる風なんですけど、それでも楽しそうなんですよね。あ、いまこうしたいんだろうなっていうのが伝わってくるし、その意思が強い。女子って割と普通に打って、絶対にこうしたいっていうのが、あまりない感じがします。遼くんも鏡の前に立って何度もシャドースイングしていたし、岩田(寛)さんも動画を撮っては見て、また打ってを繰り返していました。「明日試合だよ?そんなにやるの?」って思って見ていました(水曜日の練習場)。そんなシーンを切り撮りました。

そして枚数の多かった石川遼

去年も日本シリーズは見に来ていて、一日中、推しの遼くんに付いて回りました。どこを切り撮ってもかっこいい、まさに絵になる選手。ついシャッター押しちゃうので、今日撮影した中で一番枚数が多いはず。ショットを打っているところもそうですが、打った後の表情など、クラブを持っているところ以外の表情を撮れたらいいなと思っていました。佐藤キャディと相談したり、打つのを待っていたり、お気にいりのサングラスをかけていたり。今日は厳しい表情が多めだったかもしれないけど、それもかっこよかったです。

最後に自身のベストショット

今日のベストショットは逆光のシルエットで撮った4番フェアウェイの写真です。4番はセカンドに行くときにちょっとした小山があって、そこを上がり切ったところのタイミングで撮ると、ちょうど背景が“空抜け”(空がバックに広がる)になり、かつ選手がシルエットに落ちていい感じに撮れそうだなと思って狙いました。選手とキャディの6人がちょうど密集して歩いていて、空のキャンパスにシルエットになった選手が段々になるように撮れて、まさに自分の狙い通り。“今日イチ”の手応えでしたね。構図としては、あえて空の方をちょっと多くし、上下のバランスのいいところを探りました。それにしても、男子は後ろ姿が“バえます”よね。ちなみにこの被写体も遼くんの組です(笑)。

写真をセレクトし終え、プレスルームから出たときには、もう辺りはすっかり暗くなっていた。「もうちょっと腕を磨いてきます。吉田優利を連れ出して写真を撮っておきますね」。そう言い残して会場を後にした阿部未悠。来年は、どんな撮影をお願いしようかな。(編集・構成/服部謙二郎)

“フォトグラファー阿部”の撮影写真を振り返る

岩田寛と新岡キャディが相談して(撮影:阿部未悠)
「選手とキャディさんが会話をしているのを撮るのが好き」(撮影:阿部未悠)
試合中に笑顔を送ってくれた吉田泰基(撮影:阿部未悠)
パーセーブをしたあとのワンシーン(撮影:阿部未悠)
18番のティショットを打つ細野勇策(撮影:阿部未悠)
「金谷さんパター上手い」(撮影:阿部未悠)
「フェアウェイキープ率80%近いって凄すぎます」(撮影:阿部未悠)
18番のティショット。もう日が落ちかけていた(撮影:阿部未悠)
赤(もじみ)と白(蝉川)の対比がきれい(撮影:阿部未悠)
ロングパットも傾斜を読み切っていた(撮影:阿部未悠)
岩田寛の17番2打目「地面を多く入れて傾斜感を出しました」(撮影:阿部未悠)
グリーンに向かって歩く選手たちに夕陽が当たる(撮影:阿部未悠)

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