「聖域」と化したタカラヅカ 経営トップの寵愛を受け、いつしか構造的パワハラの温床に 宝塚歌劇団が舞台を守るために必要なことは何か

宝塚大劇場=11月14日、兵庫県宝塚市

 俳優の女性(25)の急死をきっかけに、宝塚歌劇団内部の苛烈な上下関係が明るみに出た。歌劇団から依頼を受けた外部弁護士らが調査し、11月に公表した報告書は女性へのいじめやハラスメントは「確認できなかった」と結論付けている。しかし、関係者へ取材を進めていくと、調査結果とは異なる証言が複数寄せられた。
 「絶対的な上下関係に基づく構造的なパワハラの温床となっている」
 事実だとすれば、こうした時代遅れの慣行が続いたのはなぜか。歴史をひもとくと、阪急電鉄の一部門に過ぎない歌劇団が、創業者や経営トップの寵愛を受け「聖域」と化した実態が浮かんできた。華やかなショーの陰で独善がはびこっていなかったか。多くのファンを持つ歌劇団が悲劇を生まずに公演を続けるため、必要なことは何か。(共同通信=宝塚歌劇団問題取材班)

 ▽歴代トップの強い思い入れ
 宝塚歌劇団がスタートしたのは1914年。創立したのは阪急電鉄の創業者小林一三だ。小林は経営する鉄道の沿線で百貨店を開業するという私鉄の新たなビジネスモデルを確立し、東宝映画も設立した。幅広い事業を手がける傍らで「歌劇作家」としての顔も持ち、歌劇団のために28本の作品を制作した。
 宝塚歌劇100周年に刊行された公式書籍には、こんな記述もある。
 「一三翁が特に深い愛情を持って取り組んだのが、宝塚歌劇だった」
 経営トップの強い思い入れは、親会社の阪急阪神ホールディングス(HD)で大きな影響力を持つ角和夫会長に受け継がれた。
 角氏も歌劇団に曲を提供していた。ペンネームは「岸一眞」。2010年からタカラジェンヌを養成する宝塚音楽学校の理事長を務め、今年12月1日付で退任している。
 一時、歌劇団の上場が検討された際に壁となって立ちはだかったのも角氏だ。2006年、阪急HD(当時)の筆頭株主だった投資会社が、歌劇団や東宝のコンテンツを管理する新会社を設立して上場させる案を構想した。
 しかし、当時阪急HDの社長だった角氏が断固反対した。「上場すればつぶれることもある。90年以上続いた宝塚をそうするわけにはいかない」

阪急阪神ホールディングス本社が入るビル=12月1日、大阪市北区

 ▽阪急は”パトロン”、「歌劇団には口を出さない」
 あるグループ関係者は、阪急阪神HD内での歌劇団の位置付けを分かりやすく説明してくれた。「阪急の人は皆、歌劇団のことが大好き。普段から観劇にも行く。一方、阪神タイガースはそれほどでもない」
 親会社はパトロン的なスタンスを取っているという。

 「阪急阪神HD内では歌劇団が一部門という認識はないと思う。劇場を運営するのは事業でも、歌劇団は事業ではなく芸術。自分たちのコンプライアンス(法令順守)やガバナンス(企業統治)を適用すべきだとは考えていないように見える。パフォーマンスの場を提供し、困っていたらお金も出すが、歌劇団自体に口を出すものではない。パトロンのようなものだと思っているのだろう」
 歌劇団は長年、赤字体質が続いた。ところが、1974年に「ベルサイユのばら」が大ヒット。これを皮切りに、1990年代以降は親会社の支援も受け、今や阪急阪神HD内でも有数の収益源となるまでに成長した。
 在阪証券アナリストはこう指摘する。
 「ブランド力があり稼働率も高い。グッズ販売やライブ配信なども好調で、HDの中でも安定的な稼ぎ頭の一つだ」

急死した女性が持っていた宝塚歌劇団の「生徒手帳」=11月10日、東京都内

 ▽OGや家族が証言するパワハラ、洗脳
 亡くなった女性の遺族側は「ヘアアイロンを額に当てられた」「稽古中に怒号を浴びせられた」などのいじめやパワハラを訴えていた。しかし、外部弁護士による調査報告書はこれを否定。「長時間の活動による心理的負荷の強さ」を指摘した。
 ただ、関係者が取材に証言してくれた内部事情は、遺族側の主張と重なる。
 ある歌劇団OGが暴露した中身はすさまじい。
 「どんなに暴言を吐かれても上級生には反論できず、謝り続けるしかない。家族などに相談するのも『外部漏らし』と呼ばれご法度。厳しさを超えて懲罰的なパワハラの構造がある」
 匿名を条件に取材に応じた現役タカラジェンヌの家族が問題視するのは「2年制の音楽学校で厳しい稽古を乗り越えた卒業生のみが歌劇の舞台へ進む」という特殊なシステムだ。
 「10代で学校に入り、度を越した厳しい指導や労働環境が当たり前だと洗脳されてしまう。上級生から人格否定のような暴言を吐かれ続けても、睡眠時間が足りなくても、自分が悪いからだと思い込み、自分を責めるようになってしまっている」

宝塚歌劇団の俳優が急死した問題で記者会見し、謝罪する木場健之理事長=11月14日、兵庫県宝塚市

 ▽グループ全体の企業風土
 10月に問題が発覚して以降、阪急阪神HDはこの事案に関する記者会見を開いていない。歌劇団理事としての角氏や阪急電鉄社長としての嶋田泰夫氏らの監督責任については、調査報告書を公表した会見の中で言及し、それを受ける形でそれぞれ役員報酬の一部返上を発表した。それでも、親会社としての責任には触れておらず、遺族側が求めている再調査にも消極的だ。
 歌劇団は2カ月にわたり休止していた本拠地・宝塚大劇場での公演を12月1日に再開した。収束を図りたい意向が見え隠れするが、幕引きにはほど遠い。 
 11月下旬、歌劇団の労務管理に法令違反の疑いがあるとして、兵庫県西宮市の西宮労働基準監督署が立ち入り調査に踏み切った。遺族側は、「過労死ライン」を超える長時間労働があったと主張。労基署が2021年に制作スタッフの労務管理を巡って是正勧告をしていたことも明らかになった。俳優の急死で公になった歌劇団の内部事情は労働問題に発展しつつある。

宝塚歌劇団の俳優の女性が急死した問題で、「生徒手帳」を手に記者会見する遺族代理人の川人博弁護士=11月10日、東京都内

 それでもなお、阪急阪神HDは対応を阪急電鉄と歌劇団に委ねている。
 ガバナンス(企業統治)に詳しい社会構想大学院大の白井邦芳教授(リスク管理)が指摘するのは、トラブルを抱えた子会社に対し、親会社が静観し続ける弊害だ。
 「歌劇団の理事長だけが辞任し、親会社の責任は明確にされていない。子会社で人権に関わる問題が起きれば、グループ全体の企業風土も同じだと思われる。阪急阪神HDは普段から歌劇団のガバナンスを管理する必要があった」

 ▽パフォーマンス追求と心身安全の両立

 痛ましい事案を受け、歌劇団側にも現状を見直す動きがある。組織風土の改革に向け、秋から全ての俳優と音楽学校の生徒を対象に聞き取りを続けている。年内にも外部有識者らによる委員会を立ち上げ、提言を取りまとめる方針だ。こうした取り組みがどれだけ実効性を持つか、注視する必要がある。
 芸術やスポーツなど一流のパフォーマンスを追求する世界では、往々にして厳しい稽古や規律が存在する。一方、歌劇団は上場企業の一部門でもあり、株主から投資を受ける。赤字の時代からここまで成長を遂げた背景にそれらの恩恵があったことは否定できず、出資者が納得する水準の透明性が求められる。
 さらに言えば、上場企業であろうとなかろうと、芸術の追求と引き換えに人権を無視しても良いという論理は成り立たない。技量の向上と心身の安全をどう両立するべきか。閉鎖的になりがちな世界で、指導する側の暴走を第三者が抑える仕組みも必要になるだろう。あらゆる芸事に身を置く人が、追い詰められて命を失うことがなくなるよう、改めて考えるきっかけにしたい。

宝塚大劇場=11月14日

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