【連載】黒田剛 覚悟の一年㊤ 守備構築を最優先

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 2023年10月22日、秋晴れの熊本に試合終了を告げる笛が鳴ると、サッカーJリーグ2部(J2)FC町田ゼルビアを率いる黒田剛(53)はぬれた目尻を何度も拭った。就任1年目にしてクラブ史上初のJ1昇格を決めた瞬間だった。「昇格の味は格別。生きた心地がしないほど苦しい1年だったけど、歴史を変えられたのはこの上ない幸せ」

 青森山田高校サッカー部を28年間指揮した高校サッカー界の名将が、今季からプロ監督に異例の“転身”。同校の特徴でもあった強固な守備をプロでも構築し、セットプレーや前線の個の力を生かした堅守速攻のスタイルでJ2に町田旋風を吹かせた。

 J1昇格、J2優勝を成し遂げ、来季は日本最高峰のJ1に挑戦の舞台を移す。来季も引き続き指揮を執る黒田は「上位を狙わずして残留はできない。J2に戻ってこないように上位に絶対食い込む」。歓喜に浸りつつ、視線は既に先を見ている。

 23年の年明け早々。既に町田の監督就任が決まっていた黒田は青森山田の総監督として全国高校選手権を戦い終えると、その足で東京都町田市へ向かった。

 町田は黒田就任前の22年シーズンをJ2.15位で終えた。42試合で51得点50失点。「いい選手がそろっているのに何でこんなに失点が多いのか」。失点には必ず理由があると常日頃語る黒田は、全失点をまとめた映像を見て驚いた。「高校生でもしない失点の仕方だ」

 球際の弱さ、切り替えの遅さ。青森山田で強度の高いプレーを徹底してきた黒田の目には、守備の原理原則がチームに浸透していないように映った。「プロだからできると思っていると大変なことになる」。守備のコンセプトをチームに落とし込まなければ-と心に決めた。

 「根拠のないプライドは捨ててくれ」。1月中旬から始まった沖縄キャンプ。黒田は選手に言い放った。同校で意識付けてきた「腹で相手を見る」と表現されるゴールを隠す位置取り、相手との距離は1.5メートル、シュートブロックやクロスに対する体の向きなど守備の基本を「プロもアマも関係ない」と伝え続けた。練習試合で直接フリーキックを決められると、壁のつくり方、壁に入る選手が持つべき思考まで教えた。

 青森山田中で監督を務め、今季から町田のアシスタントコーチに就いた上田大貴(38)は「キャンプの時点で、監督が失点に対して相当なアレルギーがあると選手は強く感じただろう」と語る。

 高校サッカー界の名将という立場を捨て、厳しいプロでの挑戦を選んだ黒田。町田での1年間を振り返る。(敬称略)

 ※連載は3回続きです。

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FC町田ゼルビア 1989年、町田市社会人リーグ所属選手の選抜チームとして発足。91年の東京都社会人リーグ(4部)参戦を皮切りに、2009年に日本フットボールリーグ(JFL)昇格、12年J2昇格。JFL降格やJ3での戦いを経て、16年にJ2復帰。18年は過去最高の4位。愛称の「ゼルビア」は町田市の木・ケヤキの英名「ゼルコヴァ」と市の花・サルビアを掛け合わせた造語。同年にIT大手サイバーエージェントが経営権を取得。22年12月から同社の藤田晋社長がクラブの社長・CEOを務める。

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