「戦時下」とは何だったか

 役所広司さんがその人を演じた映画「聯合(れんごう)艦隊司令長官 山本五十六」(2011年)で、作家の半藤一利さんは監修を務めた。エッセーに山本の人物像を記している▲〈第一線で戦わねばならない立場にありながら、対米英戦争に大反対をとなえていた〉が、指導者は開戦に燃え、止めるすべもない。山本は手紙にこう書いたという。〈結局、桶狭間(おけはざま)とひよどり越(ごえ)と川中島とを併せ行くの已(や)むを得ざる〉▲桶狭間の戦いは、兵の数で劣った織田信長が勝利し、ひよどり越とは俗に源義経の意表を突く戦術をいう。これらを〈併せ行く〉。破天荒な手段しかないと腹をくくっている▲きょうは旧日本軍が米ハワイの真珠湾を奇襲攻撃した日で、太平洋戦争の火ぶたを切って82年になる。その日、首相官邸には喜びと激励の電話が殺到したらしい▲人にはものを「食う口」と「言う口」がある。開戦時こそ高揚感に包まれたが、やがて食糧難で「食う口」は封じられ、自由にものを「言う口」もふさがれる▲川柳作家、岸本水府(すいふ)に戦時下の一句がある。〈今日も無事重い蒲団(ふとん)に口伏せて〉。「言う口」を布団に押しつけないと安全ではいられない、その苦しみがにじむ。日本軍の引くに引けない「破天荒」の先の「戦時下」とは何だったか、きょうは胸に刻む日でもある。(徹)

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