「トヨタがF1を目指すのではなく、WECを軸にF1を目指すドライバーを応援する」【中嶋一貴インタビュー/前編】

 F1アブダビGPが終わった翌週、F1が開催されたばかりのヤス・マリーナ・サーキットで3日間に渡って行われたFIA F2のシーズンオフテスト。2024年からロダン・カーリンに加わり、FIA F2に参戦することになった今年の日本のダブルチャンピオン、宮田莉朋とともに、TGR-E(TOYOTA GAZOO Racingヨーロッパ)副会長の中嶋一貴もサーキットに訪れた。今回のFIA F2参戦プロジェクトを主導する中嶋一貴副代表に、改めての経緯、そして今後のプランなどを聞いた。

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──宮田莉朋選手のFIA F2参戦の経緯を改めて教えてください。中嶋一貴(以下、中嶋)「今回の話はチーム側から日本のトヨタ側にコンタクトがあって進められたことで、そのチームとはすでに発表しているロダン・カーリンでした。『リトモに興味がある』ということで、急きょ交渉が始まり、お互いの目指すところが一致できたので、話がまとまりました。トヨタとしては、ドライバーにいろいろな可能性を提供したいということも理由のひとつでした。もちろん、トヨタのドライバー育成にはWEC(FIA世界耐久選手権)のハイパーカーを代表して戦ってほしいというのが基本としてあります。それと同時に、9月に平川(亮)が2024年からマクラーレンのF1リザーブドライバーになることを発表したように、ドライバーが高みを目指すことに対して、トヨタとしてもそれを応援したい。これはトヨタというよりも、モリゾウさん(豊田章男会長)のあと推しがあって実現したと理解してください」

──トヨタは2009年までF1に参戦し、中嶋さんや小林可夢偉選手をF1にデビューさせた歴史があります。今回の平川選手や宮田選手の発表は、トヨタの育成方針の転換と考えてもいいのでしょうか?中嶋「いいえ、もともと私たちが現役だった頃のトヨタのドライバー育成は、トヨタがワークスとしてF1活動をしていた時期だったので、F1活動がトヨタの中心になっていたと思っています。それに対して、現在は『ドライバーのため』というのが育成の哲学になっています。たしかに、トヨタがF1から撤退した2009年以降、しばらくはトヨタがF1をやっていない以上、トヨタの育成システムからF1を目指すという空気がなくなってしまったことは事実です。でも、モリゾウさんには常にドライバー・ファーストという思いがあって、それが今、形になってきたのだと思います」

──では、トヨタがF1を目指しているというわけではない?中嶋「はい。今回の話はトヨタがF1をやるとかやらないという話とは関係なく、F1を目指すドライバーを応援したいということです。ただ、冒頭にも言ったように、トヨタのドライバー育成にWECという軸がなくなったわけではありません。今回の莉朋の話もF2に参戦しながら、ELMS(ヨーロピアン・ル・マン・シリーズ)も同時に参戦できるというのが大きな理由になっています。F2はWEC以上に世界中のさまざまなサーキットを転戦するので、日本から世界へ羽ばたこうとするドライバーにとっては、経験を積む場としてとても良いチャンスになります。ですので、F2だからスプリントとか、WECだから耐久だとかという考えではなく、トップレベルで戦うドライバーを育てたいという考えには変わりはありません」

──平川選手や宮田選手に何かアドバイスは?中嶋「ありません。自分が持っている経験を超えた十分なものをふたりともすでに持っています。ただ、彼らが必要だと思うことをしっかりとサポートしたいという思いはあります」

──宮田選手はヨーロッパでレースを行うのが初めてです。どれくらいの期間、見守るつもりでしようか。中嶋「個人的にはそんなに甘い世界ではないことはわかっているので、1年で結果が出なかったとしても、そこでおしまいというふうには私は考えていません。とはいえ、早いうちに結果を残して、その後の可能性が見えることを期待しています」

後編に続く

中嶋一貴TGR-E副代表は搬入日、そして初日にサーキットを訪れ、宮田莉朋のテストを見守った

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