【MLB】10年7億ドルが10年4億6000万ドル扱いになる? 大谷の異例「巨額後払い」契約とぜいたく税の関連性を解説

写真:97%もの繰延払いを選んだ大谷翔平 ©Getty Images

大谷翔平がドジャースと結んだ契約の特殊性が明らかになった。12月11日(日本時間12日)、『ESPN』のジェフ・パッサン記者が報じたところによると、10年7億ドルとされている契約は、2000万ドルを最初の10年間で支払われ、残りの6億8000万ドルは契約期間終了後の10年間で繰延払いされることになっているという。

つまり、年ごとに大谷に支払われる額は下記のようになる。

2024~33年 毎年200万ドル(契約期間中)
2034~43年 毎年6800万ドル(契約期間終了後の繰延払い)

繰延払い自体はこれまでも存在した契約方式だが、大谷の約97%を繰延払いというのは前代未聞だ。例えば同じくドジャースのスター選手ムーキー・ベッツやフレディ・フリーマンも繰延払い契約を結んでいる。だが、ベッツは総額3億6500万ドルのうち約32%にあたる1億1500万ドル、フリーマンは総額1億6200万ドルのうち約35%にあたる5700万ドルをそれぞれ繰延払いとしている。いずれも繰延されるのは総額の3分の1程度であり、大谷の97%というのが如何に異例なのかがわかる。

MLBの契約はどんな形式でも許されるわけではなく、MLB機構の承認を受ける必要がある。あまりにも異例な契約は承認されない可能性もあるが、パッサン記者によるとCBA(MLBの労使協定)において「繰延払いには上限額はない」と規定されており、現行のルールでは問題ないようだ。11日にはドジャースが正式に契約締結を発表しており、当然MLB機構の承認も得たということになる。

さらに、この契約手法は大谷側から提案されたものとのこと。それでは何故大谷はこのような特殊な契約を望んだのか。

その理由は「ぜいたく税」という制度にある。MLBに限らず北米スポーツでは年俸総額に上限が設けられているリーグが多い。これは上限を設けて戦力均衡させることで、リーグ全体の人気を維持するための措置だ。リーグによって細かい部分に違いがあり、MLBの場合は上限を超えても構わないが、超えた場合は超過した金額に応じてぜいたく税と呼ばれる罰金を球団が支払う。また、上限額を一定以上超えた場合は、翌年のドラフト指名順がダウンしてしまうといった金銭以外のペナルティも存在する。

つまり、大型契約を多数保有し常にぜいたく税を超えている状態の球団は、様々なペナルティでその強さを長期間維持するのが困難になる場合がある。大谷を獲得する球団は優勝を狙っているため、大谷以外の選手も補強する必要があり、大谷だけに資金を偏らせると予算がなくなって本末転倒という結果になりかねない。

そこで大谷側が提案した97%の繰延払いという契約が意味を成してくる。ぜいたく税の対象年俸総額を計算する上で参照されるのは、その年実際に支払った年俸ではなくAAV(年平均年俸)の総額だ。

例えば、2年2000万ドルという契約を結んだ選手は総額の2000万ドルを2年で割った1000万ドルがAAVとなる。1年目が1200万ドル、2年目が800万ドルという契約だったとしても、1年目1000万ドル、2年目が1000万ドルという契約だったとしても、あくまで総額と年数だけでみるためAAVは一律に1000万ドルとして扱われるのだ。

このルールに照らし合わせると、10年7億ドルという契約の大谷の場合は、本来AAV7000万ドルという取扱いになるはずだ。しかし、今回のように一定の条件を満たして繰延払いした場合は、7億ドルはあくまで将来価値とみなし、現在価値に計算しなおしてAAVを算出することになるようだ。その計算結果として、大谷のAAVは4600万ドル程度となり、2400万ドルも削減することに成功している。

実際に大谷が受け取る金額が7億ドルだが、現在の価値になおすと4億6000万ドルに相当すると考えるのが適切かもしれない。繰延払いを採用していない選手の契約総額は全て現在価値として表されているため、仮に大谷の契約もそれにならって10年4億6000万ドルと考えてもマイク・トラウトの12年4億2650万ドルを超えてMLB史上最高額であることには変わりない。

ぜいたく税対策として考えられたこの契約は、戦力均衡という理念を揺るがす裏技的手法であり、相次いでこういった契約が成立すれば金満球団に有利に偏りすぎるかもしれない。しかし他の選手が同様の契約を狙う可能性は低いだろう。この契約は大谷ならではの事情と、ドジャース側のリスクをいとわない姿勢が生んだものだからだ。

通常の選手ならば、例え将来的に巨額の繰延が用意されているとしても、最初の10年間は年俸200万ドルという極端な契約に合意することはできない。しかし、大谷は野球選手としての年俸以外にもスポンサー契約などで巨額の収入を得ているとされている。日米ともに最高峰のスーパースターである大谷だからこそとれる選択だ。

また、球団側のリスクは大きい。大谷のもたらす収入は莫大なものになるだろうが、それも大谷在籍時の話。10年契約終了後に大谷が退団した場合、いなくなった選手に対して毎年6800万ドルもの巨額の年俸を払い続けることになる。MLB屈指の人気球団でマーケット規模も大きいドジャースだからこそ許容できたものだと言えるだろう。

近年のMLBではぜいたく税対策としてAAVを削減する代わりに契約年数を伸ばすという手法がトレンドになっていたが、大谷の契約が示した新たな手法は今後様々な議論を巻き起こすことになるだろう。

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