絶対に許さない…母の最期みとった息子発砲、医師は突然の死亡 張り詰めた空気の法廷、「無期懲役」判決に淡々とした様子の息子 医師の家族どれだけ無念か、裁判員も心痛…裁判長「振り返りが足りない」

事件後に立てこもり現場付近を調べる捜査員ら=2022年1月29日午後、ふじみ野市大井武蔵野

 埼玉県ふじみ野市の住宅で昨年1月、医師=当時(44)=が散弾銃で射殺されるなど訪問していた医療関係者3人が死傷した立てこもり事件で、殺人や殺人未遂の罪などに問われた、住民の無職渡辺宏被告(68)の裁判員裁判の判決公判が12日、さいたま地裁で開かれた。小池健治裁判長は発砲の際に殺意があったことを認定した上で、「強固な殺意に基づく冷酷な犯行」として検察側の求刑通り、無期懲役を言い渡した。

■愚かな犯行直視を「自己中心的だった」

 地域医療を献身的に支えた医師=当時(44)=らが散弾銃で撃たれ死傷した立てこもり事件で、渡辺宏被告(68)に求刑通りの無期懲役判決が言い渡された。全12回の公判で一貫して自身の主張を繰り返した渡辺被告。処遇が決まる公判でも淡々とした様子で、無期懲役の判決にも反応は乏しかった。小池健治裁判長は「愚かな犯行をしっかり見つめてほしい」と説諭し、判決後に会見した複数の裁判員経験者は被告の印象について「自己中心的だった」と口をそろえた。

 渡辺被告は上下黒のスーツに白いワイシャツ、青色のネクタイ姿でうつむきながら入廷。席に着くと周囲を気にするそぶりを見せ、その後は再び視線を落とした。張り詰めた空気が漂う法廷で小池裁判長に「渡辺さん、前へ出てください」と促されると、ゆっくりとした足取りで証言台に立った。

 無期懲役の判決を言い渡されても身動きすることなく、判決理由を聞き入っている様子で、最後に内容を理解したかを聞かれると、無言でうなずいた。

 その後、小池裁判長は「母を失った悲しみが大きいのは分かるが、銃撃は許されない」と語りかけた。母の最期をみとることができた被告とは対照的に、医師は突然命を奪われたとして「(家族は)どれだけ無念だったか。しっかりと(事件を)受け止めてほしいが、振り返りが足りない」と指摘。最後に「愚かな犯行をしっかり見つめてほしい。そこで初めてあなたの償いが始まる」と説諭した。

 公判後の会見で、裁判員を務めた男性(45)は、自身も在宅介護のサービスを活用した経験があったことから公判への関心があったとし「自分も医師との関係で不満を覚えることもあったが事件を起こすことは考えなかった。(被告には)自己中心的な印象を持った。被害者家族の意見陳述には胸が締め付けられる思いがした」と振り返った。

 また補充裁判員の男性(36)は「適切な対応をした医師を理不尽に殺害した事件。医療従事者は毅然(きぜん)とした態度で(診療に)臨むのは難しくなってしまうのでは」と地域医療への影響を語った。

 渡辺被告の代理人弁護士は「主張が認められなかったことは残念。控訴については近々本人と話をして決めたい」と話した。

 類を見ない凶悪事件は関心を集め、この日も判決公判直前の12日午後1時前、さいたま地裁前には96人が傍聴券を求めた。

■医師会長「悔い改めて」

 事件が発生したふじみ野市を管轄する東入間医師会の井上達夫会長は「被告本人の反省の言葉が少なかったことが残念。無期懲役の判決は当然だ」と語り、渡辺被告に対し「服役中に今回の事件に至ってしまった自己中心的な考えを悔い改めて、医師の冥福と事件に巻き込まれた医療従事者のことを考え、反省してほしい」と訴えた。

 事件が浮き彫りにしたのは、在宅医療に携わる医療従事者へのハラスメントの実態だ。井上会長は、医療ハラスメントは絶対に許してはいけないという強い意志を持ち続けることの重要性を強調。「事件の当該医師会として、今後も医療従事者と地域に住む患者、その家族らの適切な関係を築くため、努力を惜しまない」と意気込んだ。

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