iPhoneのアプリストア外部解禁、情報漏えいの危険はないのか? 規制案を作った政府のキーマンが描く構想とは

iPhoneを販売するアップルの直営店=9月、東京都渋谷区

 米アップルがiPhone(アイフォーン)のアプリ市場「App Store(アップストア)」を2008年に始めて15年。今、その在り方が大きく揺れている。一つ一つのアプリの安全性や個人データの扱いを審査しているアップルはこれまで、自社のストア以外でアプリをダウンロードして流通させる「サイドローディング」を認めていない。しかし、一部のアプリ開発業者がその運営方法を「独占的」と批判し、訴訟などを起こしたことで、各国当局が調査や規制強化に乗り出している。

 日本では、内閣官房デジタル市場競争本部が、新法を来年の通常国会に向けて準備している。自社のアプリストアや決済システムの利用をアプリ開発業者に義務付けるのを禁止する規制が盛り込まれる見込みだ。

 政府が規制案への意見を公募したところ、サイバーセキュリティーや教育、医療といった各分野の専門家や団体から500件超の意見が集まった。アップルの集計では9割近くが安全性の問題などを理由に反対したという。懸念を表明している関係者と、政府側のキーマンに話を聞いた。(共同通信=吉無田修、杉原領)

 ▽健康情報のセキュリティーに懸念
 「サイドローディングはさまざまな多くの危険要素を内包している。信頼できる情報源としての全てのデータが活用不能になる、もしくは漏えいの原因となるものと危惧しており、提案のまま法制化することに賛成できない」

 東京都の医師を会員とする東京都医師会(東京都千代田区)は意見公募で、アップストア以外の他社ストアからアプリを入手できる環境に変えることに対し、このように強い懸念を示した。

東京都医師会の尾崎治夫会長(左)と目々沢肇理事=11月、東京都千代田区

 東京都医師会の尾崎治夫会長に理由を聞くと「せっかく安心できる仕組みをアップルが作っているのに、(政府は)いろいろなアプリストアを使えるようにして便利にしようという考えかもしれないが、セキュリティーを破壊してしまうのではないかと思った」と説明した。

 東京都医師会は、都内の医療機関が電子カルテを利用して患者の診療情報を相互に参照する仕組み「東京総合医療ネットワーク」の整備を進め、医療分野のデジタルトランスフォーメーション(DX)に熱心に取り組んでいる。

 アップルの腕時計端末「アップルウオッチ」は、代表的な不整脈の「心房細動」の兆候となる不規則な心拍を測る機能を備え、心電図のPDFファイルはiPhoneから取り出せる。東京都医師会はこのような端末を使ってユーザーの健康情報「パーソナル・ヘルス・レコード(PHR)」が活用される場面が広がることを想定し、「スマートフォンは安全安心なものでなければいけない」(目々沢肇理事)と訴えている。

 ▽中国のマルウエアで情報が盗まれる危険

東京大学先端科学技術研究センターの玉井克哉教授=11月、東京都千代田区

 知的財産や経済安全保障が専門の東京大学先端科学技術研究センターの玉井克哉教授は「サイドローディングが実現した場合、セキュリティーの弱いソフトウエアがiPhoneに入り込む可能性がある」と述べ、中国が国家規模で作っているとされるマルウエア(悪意のあるソフト)を例に挙げた。

 玉井教授は、中国のスパイが企業の機密情報を盗もうとしているのが「経済安保の最前線」と指摘。「iPhoneの基本ソフト『iOS』も攻撃対象になっている可能性はあるが、現時点では防御できていると思われる。(規制によって)アプリレベルで変なモノが入ってくるリスクは避けなければいけない。新法では別の安全なアプリ流通経路を作るという考え方だが、アップルの審査と同レベルのセキュリティーを確保するのは難しいだろう」と語った。

 日本の規制案は、欧州連合(EU)のデジタル市場法(DMA)などと足並みをそろえた動きだ。しかし、玉井教授は、日本政府のこうした追随姿勢にも疑問を投げかけた。

 「欧州が規制を導入したとしても(その影響が)どうなるのかまだ分からない。欧州が導入するルールが常に正しいとは限らない。(新規制で税収などは増えないので)日本政府にとって何にも良いことはないし、国民にも良いことはない。(企業に対して強権的な政策の進め方は)中国のまねをしているように見えるほどだ」

 ▽「必要な範囲で規制しイノベーションとのバランスに考慮する」
 専門家や業界団体から、こうした懸念や批判が上がる中、政府はなぜ、新法を制定してまでアプリの流通経路を広げようとするのだろうか。内閣官房デジタル市場競争本部の成田達治事務局次長はインタビューで、次のように説明した。

 ―規制検討の背景は。
 「ユーザーも事業者もスマートフォンを通じてデジタルサービスを使用している。アップルと米グーグルはデジタル空間で基本ソフト(OS)というインフラを押さえることで、エコシステム(経済圏)を形成し、多くのユーザーとビジネスを集められる。市場の競争機能によって寡占構造を変えるのは困難だ。両社が作った適切なルールは多く存在するが、競争の観点から見ると、自社サービスを有利にするルールや事業者への過度な制約が問題視されている。規制は必要な範囲で行われるべきであり、イノベーションとのバランスを適切に考慮する」

 ―新法は「事前規制」という仕組みで禁止事項を示す。
 「自社サービスの優遇といったいくつかの問題が見えてきているが、(事業者の申告などを踏まえ調査を実施する)現在の独占禁止法の対応では時間がかかりすぎる。新しいアプローチとして、競争の弊害になると認識されるものは、最初から『これはダメだ』と示さないと機能しない。日本が特殊なわけではなく、グローバルにもそのような認識ができている。G7など各国当局と連携している」

 ―規制によって誰がメリットを享受するのか。
 「スマートフォンのプラットフォームは、ユーザーにサービスや商品を提供したい事業者と、そのサービスや商品を利用する消費者をつなぐ役割がある。競争上の弊害は、プラットフォームを利用する事業者で多く出ており、フェアな競争環境になれば解決できる。一方で、消費者は気づきにくい立場だが、デフォルト(標準)設定によって選択肢が見えにくくなっている。競争が活性化することでより多様で低廉なサービスが出てくるのは消費者のメリットになる」

内閣官房デジタル市場競争本部の成田達治事務局次長=12月、東京都千代田区

 ▽「無審査のアプリは認めない、安全性を担保できないならアプリストア停止も」
 ―安全性を確保した上で、アップル以外のアプリ流通経路を認めるとしているが、本当に安全性を確保できるのか。
 「意見公募では、多くの方から無審査のアプリのリスクが指摘されたが、無審査のアプリは認めない。どんなアプリストアでもいいわけではない。セキュリティーとプライバシーを適切にチェックできるストアでなければならない。これを実現するためには、アップルなどOS事業者がアプリストアに対する審査などで関与する必要がある。ユーザーがアプリストアを信頼できるかどうかの情報提供も重要だ。事業者はやると思うが、私たちもユーザーへの情報提供を行う。アプリストアが安全性を担保できていない場合、OS事業者が新ストアを停止させることもある。こうした仕組みは、セキュリティーの専門家の意見を踏まえており、これなら大丈夫と判断した」

 「ユーザー目線では、お子さま向けのアプリストアがあった方がより安全ということも考えられる。今はそういう選択肢がない。安全と安心を重視しながら競争を促進することが重要だ」

 ―アップルが外部のアプリストアに示す安全基準が過剰なのかどうかは国で判断する。高い技術的知見が求められる。
 「国の人的なリソースは充実させなければいけないが、プラットフォーム事業者に法律の順守状況の報告を出してもらう。可能な限り公表し、それが必要十分なのかを説明させる。セキュリティーの専門家など関係者も巻き込み、評価できる仕組みを入れる。バランスの取れた着地点を見いだせるようになる」

 ▽「アップルが築いた価値は評価すべきだが、もっと良いアプリストアができる余地がある」

内閣官房デジタル市場競争本部の成田達治事務局次長=12月、東京都千代田区

 ―経済安全保障とのバランスは。
 「経済安保の視点も含めて検討している。経済安保の対応策は、スマートフォンであれば、役所や企業などの組織が端末を管理し、インストールできるアプリとできないものを管理するのが一番大事だ。ユーザーのニーズに合ったサービスが出てくることが、私たちの目指していることだ。安全を犠牲にして競争のことだけを言っているわけではない。アップルが築いた安全、安心の価値は評価すべきだと思うが、もっと良いものができる余地はあるのではないか。外部事業者がアプリストアを運営できるグーグルOS『アンドロイド』搭載のスマホでは、安全面で優れた他のストアが存在していることは意見公募でも指摘されている」

 ―新規制に反発するアップルとの協議は。
 「率直に意見交換している。彼らも、私たちがちゃんとやってくれていると理解していると思う。既に新規制の方向性は一定程度、出ている。詳細部分のコミュニケーションを続けている」

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