税金を投入する価値ある?万博会場を歩いたら思ってもみない「声」が聞こえてきた 大屋根は「断片」、広がる更地…「国民不在の国家プロジェクト」

報道陣に初めて公開された木造巨大屋根「リング」の建設現場=11月27日、大阪市

 整然と組み上げられた重厚な木の柱。見上げると、まるで巨大なジャングルジムに迷い込んだ気分になる。2025年大阪・関西万博の象徴となる木造巨大屋根「リング」の建設現場だ。完成すれば1周約2キロの輪になるはずだが、今はいくつかの「断片」が並ぶだけ。輪の内側に当たる広大な敷地はパビリオンの予定地だが、ほぼ更地で、雑草や水たまりが目立っていた。この光景を見て、ある思いが湧いてきた。われわれの税金は一体、何に使われているのだろう―。
 3分の2を公金で賄う会場整備費は、当初の約1・9倍となる最大2350億円に膨張。大阪市民1人当たりの負担は1万9千円との試算もある。整備費の他にも、国費を約837億円投入することが判明している。万博は開催への批判や疑問が募るばかりで、理解が進まない「国民不在の国家プロジェクト」として準備が進む。このような状態で、万博のテーマとなる「いのち輝く未来社会のデザイン」は描けるのか。疑心と不安が渦巻くまま会場を歩くと、思ってもみない声が聞こえてきた。(共同通信=伊藤怜奈)

 ▽大阪市民というだけで
 11月27日午前。約60人の記者とカメラマンが、大阪湾の人工島・咲洲(さきしま)に集められた。目的地は隣の夢洲(ゆめしま)。開幕500日を前に、リングの一部を手がける大手ゼネコン「大林組」が最新状況を現地で説明する場に参加した。
 用意された大型バスに乗り込み、二つの人工島を結ぶ「夢咲トンネル」に入る。この日が初めての夢洲取材。27歳の私は生まれてからこれまで万博に行ったことがなく、2025年大阪万博は縁遠い話題だ。その一方で、万博を開催するために払う税金は少額とは言えない。
 万博の会場整備費は国、大阪府・大阪市、経済界が3分の1ずつ拠出する。大阪市民の記者は「国民」「府民」「市民」の三つの立場から支払うことになる。大阪府と大阪市の試算によると、市民であるというだけで、1人当たりの負担は計約1万9千円に上るというのだ。
 万博には本当にそんな価値があるのだろうか―。取材への道中は期待よりも疑心の方がはるかに強かった。

2025年大阪万博の会場となる大阪市の人工島・夢洲(ゆめしま)=11月30日、大阪市

 ▽思いの外、まばらだったのは
 トンネルを抜けると、無数の工事車両が列を成していた。一般車両はほとんどない。大林組の担当者が「現場には1400人ほどの作業員が連日出入りしています」と紹介してくれた。パビリオンの工事が本格化する前からこんなに車が並ぶのか。
 担当者らから1時間ほど工法や資材調達先などの説明を受け、いざ、万博会場へ。そう意気込んだのもつかの間、早々に足止めを食らう。工事現場に入るには、事前登録が必要な顔認証ゲートをくぐり抜けなければならないという。この仕組みによって、セキュリティー強化の他、勤怠管理や人員把握が可能だ。ところが、広大な現場にゲートは三つしかないという。
 今回は取材のため特別に通過することができたが、トラブルがあった場合や、工事がピークを迎えて一度に大量の作業員が出入りすることを考えれば、むしろ混雑の原因となるのではないかという懸念もよぎった。
 ゲートを抜けると、いよいよ会場予定地が見えてきた。思いの外、作業員はまばらだ。「東側には大阪メトロ中央線の夢洲駅ができます」。東ゲート付近を歩きながら、大林組担当者が説明する。東ゲートは主に電車利用の来場者の入り口となり、会期中のメインエントランスとなる。
 パイプでできたフェンスで左右を挟まれた道を歩いて行くと、右手に大阪府と大阪市が出展する「大阪ヘルスケアパビリオン」が見えた。足場が高く組まれ、輪郭が現れつつある。海外勢に比べると、作業は進んでいるようだ。

会場予定地で見えてきたリングの断片=11月27日、大阪市

 ▽ヘルメットがずり落ちる
 「オーライ!」「ピーッ、ピーッ」。歩を進めると、作業員のかけ声や資材を持ち上げる機械音が響く。広さは東京ドーム約34個分。目を凝らすと、手前に二つ、はるか先には等間隔に三つ、リングとおぼしき構造物が見えてきた。
 完成すれば世界最大級となる木造建築物で、会場を取り囲むように設置される。上からの写真で見ると「切ったバウムクーヘン」。実際に地上から遠目で見てみると木材同士の隙間が目立ち、頼りない印象だ。ところが近づくとその印象は大きく変わる。

リングの内部構造。まるで巨大なジャングルジムに迷い込んだと思わせるような緻密さ=11月27日、大阪市

 隣にいた記者のつぶやきが聞こえた。「これはすごい」。木々を組む工法は梁(はり)が柱を貫く「貫(ぬき)接合」。京都・清水寺の「清水の舞台」と同じ技法だ。丈夫で腐りにくいオウシュウアカマツとヒノキからなる集成材の柱で、太さは記者の肩幅ほど。地面からぐんと伸び、触ると木の温かみが手のひらに伝わる。
 屋根の下に入ると、縦横無尽に交差した木材は幾何学模様のようだ。天井は3階建てビル程度の高さにあり、見上げる度にヘルメットが後ろにずり落ちた。建造物としての威容に圧倒される。国会論戦では「世界一高い日傘」や「熱中症対策のための日よけ」といった表現を耳にしたが、実物はそのどれにも当てはまらない印象を受けた。 

リングの屋上デッキから見下ろした会場。海外パビリオンなどが並ぶ予定=11月27日、大阪市

 ▽リング担当者の気概
 リング屋上のデッキも歩ける構造で、上がると広大な敷地を一望できた。大阪湾が視界に入るほど見晴らしは良いが、手前に見えるのはほとんど更地だ。会期中、主に海外パビリオンが立ち並ぶはずの予定地だが、水たまりと雑草が目立つ。クレーン車は数台しかなく、作業員の姿はほとんどなかった。
 日本国際博覧会協会(万博協会)によると、自前でパビリオンを建設する「タイプA」を希望する約50の国・地域のうち、敷地引き渡しにこぎ着けたのはイタリアと中国、トルクメニスタンの3カ国のみ。着工に必要な行政手続きもアイルランド1カ国が終えただけ(いずれも12月15日時点)で、工期がタイトになる中、海外パビリオン建設は依然として切迫した状況が続いている。
 大林組の担当者は「世界一の無駄遣い」といったリングへの批判に対し、記者団にこんな思いを語った。「完成すれば心配も吹き飛ぶ。リングで世界を迎えるという気持ちでやり遂げたい」。帰り際、真意を打ち明けてくれた。「僕らも負けないぞと言いたかった」。断片が実際に一つの輪になるのは来年秋ごろ。三つの企業体が3分の1ずつ建ててつなげる。

木造巨大屋根「リング」の完成イメージ=日本国際博覧会協会提供

 大阪府の吉村洋文知事は、リングの意義をこのように語る。「多様な価値観が一つの輪になってつながるという万博の理念を体現する」。とはいえ、多様な価値観そのものであるパビリオンが姿を現さないことには、開幕への不安もなかなか払拭できないのが正直なところだ。
 中心にぽっかり穴が開いたバウムクーヘンではなく、中身の詰まったホールケーキにできるかどうか。強まる万博不要論を結果ではねのけられるのか。帰りのバスに揺られながら、1年半後の「その日」に思いをはせた。

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