なぜ韓国の高齢者自殺率は高いのか 貧困と孤独…日韓で手探りの連携

ソウル市内の橋に設置されている、自殺防止のための「いのちの電話」(聯合=共同)

 国際的な統計で、韓国が高い数値を示し続けているのが自殺率だ。経済協力開発機構(OECD)によると、韓国の自殺率(10万人当たりの自殺者数)は2020年に24・1と、加盟国の中で最多だった。韓国政府が発表した22年の自殺率は25・2で、日本の17・4を上回る。
 韓国で特徴的なのが、高齢者の自殺が目立つことだ。22年のデータでは、80歳以上の自殺率が60・6で最も多く、70歳代の37・8と続く。日本は50歳代が最多(23・4)で、次が40歳代(21・1)と状況が異なる。
 背景には、高齢者の貧困や孤独といった社会問題が浮かぶ。政府や自治体が対策に頭を悩ませている中、日本から自殺防止活動の経験を学ぶ動きもある。自殺防止に向けた日韓の動きを探った。(敬称略、共同通信=佐藤大介)

 ▽ヤクルト

 ソウルから約25キロ南西に位置する京畿道(キョンギド)始興(シフン)市。中心部の5階建てビルに、市の自殺予防センターがある。「もともとここは市役所だったが、人口の急増で手狭になり、保健所が入ることになった」。センター長の李基娟(イ・ギヨン)は、そう説明した。
 同市が発足した1989年、人口は10万人に満たなかったが、ベッドタウンとして急成長し、2000年には30万人を突破。23年9月現在で約51万8千人が暮らしている。ソウルでの再開発によって住み慣れた場所を離れ、より住宅費が安いことから移り住んだ人も少なくない。
 李は、短期間での人口爆発の「副作用」が、高齢者の自殺だと指摘する。「生活環境が一変して地域での人間関係を築けず、孤立して精神的に不安定となり、自殺するケースが多く見られる」。同市の自殺者は21年が127人で、このうち30人が60歳以上だった。
 配偶者を亡くして生活に困窮しても、経済的負担を考えて子供に相談せず、医療も受けずに孤独死する人もいる。「それも自殺と考えれば、数字はさらに大きくなる」。李は、表情を曇らせた。

韓国の政府の自殺防止策について説明する曺圭鴻・保健福祉相=2023年4月14日、ソウル(聯合=共同)

 同市ではヤクルトの宅配業者と協力し、安否確認など一人で暮らす高齢者の生活を見守る取り組みを続ける。同センターは、開設から今年で10年。李は「人員も予算も限られている中で、どこまで効果的な対策をとれるかが課題」と話す。
 OECDの統計では、66歳以上の貧困率は韓国が40・4%と、加盟国の中で群を抜いて高い。韓国で国民年金制度ができたのは1988年で、高齢者は保険料を支払った期間が短く、受給額も少ないことが影響しているとの意見もある。
 韓国紙の記者は、こう警鐘を鳴らす。「自殺率が高いという統計に人々が慣れてしまっている。高齢者が絶望する社会の空気は、どの世代にとっても苦しいはずだ」

 ▽寄り添う

 日本でも自殺は大きな社会問題だが、特に危機感を抱えているのが秋田県だ。昨年の自殺率は前年比3・8ポイント増の22・6となり、3年ぶりに全国ワーストを記録した。自殺者の年代別では60歳以上が52・6%を占め、全国平均の37・8%よりも高い水準にあり、高齢者の自殺対策が急務となっている。
 秋田大(秋田市)は21年4月、学内に「自殺予防総合研究センター」を開設した。自殺防止の専門機関が大学に設置されるのは全国初で、インターネットを利用して高齢者が大学生と会話をする活動などを行ってきた。今後は、悩みを聞き支援につなげる「ゲートキーパー」の研修を、県内の民生委員を対象に実施していく計画だ。
 センターの特任助教、宮本翔平は、県内の高齢者の自殺について「家族と同居している場合に多い」とし、韓国とは逆の傾向にあると説明する。「高齢者が素直に自分の弱みを見せて、話のできる環境が必要。家庭や地域だけではなく、医療機関などと連携を進めていくべきだ」

自殺防止に取り組むNPO法人「蜘蛛の糸」の事務所。理事長の佐藤久男(中央)ら、スタッフが相談に当たる=10月6日、秋田市

 自殺防止に取り組む同市のNPO法人「蜘蛛(くも)の糸」は、13年から韓国中部の忠清南道との交流を続けている。忠清南道は韓国でも自殺率の高い地域で、民間と協力した自殺防止策について議論を重ねてきた。
 蜘蛛の糸は、県内の中小企業経営者らの自殺を防ごうと02年に発足した。理事長の佐藤久男は「韓国の自殺対策は行政中心。韓国側は日本の民間団体の役割に大きな関心を持っていたが、統計の分析方法など、こちらが学ぶ点も多かった」と話す。
 電話やネットでの相談のほか、毎月3回は対面で「いのちの総合相談会」を開く。昨年の相談会で扱った件数は166件と、前年より2割ほど増加した。昨年の県内の自殺者は209人。「31年までに100人以下」という目標の実現は見通せない。
 だが、佐藤は韓国との交流を通じ、こう確信している。「行政でも民間でもいい。大切なのは、死にたいと思っている人のそばに誰かが寄り添うことだ」

【専門家インタビュー】黄淳燦 韓国・仁荷大招聘教授「背景に貧困と世代の分離」

 韓国における高齢者の自殺は、貧困と大きく関わっている。高齢者の貧困率が高くなった理由は、高齢者と若い世代の分離だ。
 1980年代までの韓国は、両親と一緒に暮らし、若い世代が高齢者を支えるのが当たり前の社会だった。しかし、90年代半ばから世代が分離され、97年のアジア通貨危機以降は急速に進んだ。公的なケアや支援もないまま、高齢者は無防備な状態で貧困や病気、劣悪な住居、孤独に直面することとなったのだ。
 経済力を重視する社会の価値観は、人を人として見るのではなく、何を持っているか、どんな家に住んでいるか、社会的地位はどうかといった点で判断する。経済的な両極化が深まり、何も持たない高齢者は社会から徹底的に疎外され、注目されなくなった。
 若い世代は常に競争にさらされ、就職しても子供の教育や家賃を支払うのに苦労し、親の世代の面倒を見る余裕はない。高齢者は若い世代に頼ることができず、自分たちで生きていかなくてはならないが、十分な財産のない人が少なくない。
 貧しく疲弊した生活が続いていくと、自分自身の存在を重荷と感じるようになる。悩みを打ち明ける相手もなく、孤独の中で自殺という選択に走るケースが後を絶たない。自殺ではないが、退職後に郊外のマンションで1人暮らしをしながら孤独死する高齢者も多く、深刻な問題だ。

ソウル市内でインタビューに答える韓国・仁荷大招聘教授の黄淳燦氏=2023年9月15日

 また、孤独の中で精神的な疾患を抱え、自殺する高齢者もいる。投薬など医療面での対応だけではなく、高齢者が社会から排除されている構造を見直さなくては根本的な解決にはならない。社会活動に参加する機会を提供するなど、健康な日常を取り戻すことが重要だ。
 日本は高齢化に備え、地方を中心にコミュニティーや地域の資源をうまく活用しながら、自殺予防に必要な経験や知識を蓄積してきた。高齢者に必要な行政プログラムは何か、高齢者が容易にアクセスし活用できる仕組みをどう作るか。韓国と日本がお互いの経験や情報を共有すれば、より効果的な対策を講じることができるだろう。

 ファン・スンチャン 1969年ソウル生まれ。韓国・聖公会大大学院で博士号(社会福祉学)。ソウル市自殺予防センター長などを経て、21年から現職。

【一口メモ 日韓の自殺率】
 経済協力開発機構(OECD)の統計によると、日韓両国の自殺率は、1990年ごろまでは日本が韓国の2倍ほど高い水準だった。しかし、90年代半ばから韓国の自殺率が上昇し、アジア通貨危機による景気悪化の影響を受けた98年に一気に高まり、2002年には日韓が逆転。リーマン・ショック後の09年に韓国は35・3とピークに達した。日本のピークは過去30年では1998年の24・7。OECD加盟国では韓国とリトアニアの自殺率が高いが、2018年からは韓国が最も高くなっている。

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