韓国の首都圏一極集中、地方は「消滅地域」の危機に現実味 子育てなど支援充実で出生率の増加も

釜山市内の国際通り近くでは、空き家となり賃貸に出されている店舗が目についた=5月、韓国・釜山

 2014年に日本で出版され、韓国で話題となった本がある。元総務相で岩手県知事も務めた増田寛也による「地方消滅」だ。民間の研究組織「日本創成会議」での議論をもとに、東京への一極集中によって、全国の自治体のうち、約半数の896が消滅しかねないと警鐘を鳴らした。
 韓国でも、ソウルを中心とした首都圏に人口が集中し、地方の衰退が深刻な問題になっている。首都圏の人口は韓国全体の50・5%(2022年)を占め、日本の首都圏の人口比を上回る。韓国政府は今年2月、全国228の自治体のうち、51・8%の118を「消滅危険地域」と分類する調査結果をまとめた。
 地方の活性化は日韓共通の課題だが、韓国は首都圏への一極集中の度合いが日本より高く、自治体の直面する問題は、より深刻だ。一方で、教育や子育ての支援などで成果をあげている自治体もある。韓国での現状を取材した。(敬称略、共同通信=佐藤大介)

 ▽もがき

 韓国南部の都市、釜山(プサン)市。九州に近く日本からも多くの観光客が訪れるほか、韓国最大の港湾都市としても知られる。人口は約330万人とソウルに次ぐ「韓国第2の都市」だが、人口減少に歯止めがかかっていない。
 特に目立つのが若者の流出だ。釜山市によると、18~34歳の人口は15年の約74万人から、21年には約69万人にまで落ち込んだ。一方で、65歳以上の割合は約22%と、主要都市で最も高い。
 日用雑貨や衣類、土産品などを扱う店が軒を連ね、観光名所として知られる国際市場。多くの人が行き交うが、通りには空き家となっている店舗も目につく。60歳代の土産店の男性店主は「コロナ禍の影響で売り上げが落ち、後継者も見つからずに店を閉めるケースが相次いでいる」と話す。
 釜山の人口は、ピーク時には約390万人を有していた。だが、人口減と高齢化によって雇用が減り、若者たちはより良い働き口を求めて、首都圏を目指すという悪循環に陥っている。20年の韓国企業売上高で、上位100社に入る釜山の企業はなく、23年の入試では釜山の大学15校のうち14校が定員割れとなった。
 韓国政府が分類した「消滅危険地域」には、釜山にある16の自治体(区、郡)のうち、7カ所が含まれている。韓国メディアによると「消滅危険地域」となった自治体では、バスターミナルが廃業するなどの影響が出ているという。
 港湾都市として物流を支え、携わる労働者や求人数も多かったが、機械によるオートメーション化によって、雇用は減る方向にある。打開策として、釜山は30年万博を誘致しているが、その効果は未知数だ。
 首都圏に位置する仁川市に「第2の都市」を奪われることも現実味を帯びてきており、釜山のもがきが続いている。

 ▽誇り

 一方、独自の取り組みによって、成果を上げている地方自治体もある。
 ソウルから北東に約90キロ。江原道(カンウォンド)華川郡(ファチョングン)は、南北を隔てる軍事境界線から近い場所に位置する。軍人や軍車両の姿も目につくが、一帯は山に囲まれ、自然豊かな風景が広がっていた。
 華川郡の人口は約2万3800人(23年8月現在)で、前年より400人ほど増加。女性1人が生涯に産む子どもの数を示す「合計特殊出生率」も、22年が1・40と前年より0・2ポイント上昇した。

華川郡内にある産後ケア施設「チョリウォン」で、女児を抱く李珉秀。入所する母親よりも職員の数が多く、細かい対応が可能という=2023年9月14日

 韓国の出生率は年々低下し、同年は0・78と過去最低を記録していただけに、郡担当者の崔秀明(チェ・スミョン)(57)は「子育てや教育環境などの整備に重点を置いてきた成果だ」とし、将来的には「3万人の人口を目指したい」と胸を張った。
 華川では、最優先の政策課題として「子育てのしやすい環境づくり」を掲げ、住民に対して手厚い支援を行っている。郡内の病院に隣接する「チョリウォン」と呼ばれる韓国独自の産後ケア施設では、出産後の母子が2週間、無料で滞在することができる。
 生後10日ほどの女児と施設で過ごしていた李・ミンスは「職員の数や設備が充実していて、安心して過ごせる」と笑顔を見せた。軍人である夫の転勤で3年前から華川に住んでいるが「子育ての不安が少なく、このまま住み続けてもいいと思っている」と話す。
 郡内では子ども向けの図書館など学習施設が整備され、高校生を対象にした無料の「学習館」では、各科目の講師が放課後や休日の指導に当たる。華川から大学へ進学した学生には授業料を全額負担し、生活支援も行うという徹底ぶりだ。
 郡トップである郡守の崔文洵(チェ・ムンスン)は「地方にいても教育で公正な機会を確保できることが、民主主義社会の発展につながる。そして、華川で生まれ育ったことを誇りに思うようになるはずだ」と、政策の意義を強調する。
 移住によって郡内の高校入学者が増えるなど、政策の効果は目に見えてきている。一方で財政的な負担は重い。「中央政府が地方自治に目を向け、支援をすることが大切だ」。崔文洵は、言葉に力を込めた。

独自の子育てや教育支援策について説明する華川郡守の崔文洵。財政負担は大きいが「華川に誇りを持つ人材を育てたい」と意気込む=2023年9月14日

【専門家インタビュー】林承彬 韓国・明知大教授「移民含め多様な人口構成を」

 韓国で首都圏に人口の過半数が集中する理由の一つは、輸出依存型の産業構造にある。外国との貿易を迅速に行うため、企業は大規模な港や空港の近くに工場を建設する。地理的な条件から、首都のソウルとその周辺に、物流拠点と人的資源が集中することになった。
 それによって生じたのが、都市と地方の所得格差だ。農業よりも会社員の所得が上であるならば、若者を中心に地方から人口が流出するのは避けられない。
 ソウルでは、マンション価格が1億円を超えることは珍しくない。地方との価格差が10倍近くに達することもあり、日本での価格差よりも格段に大きい。都市の不動産価格高騰が、所得格差を固定化させることにもつながっている。
 また、教育機会の格差も大きな要因だ。地方にも優秀な大学はあったが、首都圏にある大学の方が大企業への就職や各種試験の合格に有利となっている。親としてもサクセスストーリーを実現させるために、首都圏に住もうとする。そうした循環が、首都圏への人口集中を生み出した。
 都市と地方の格差が拡大すれば、社会的にも政治的にも葛藤が深まる。だが、地方が所得を上げ、十分な教育の機会を確保し、企業を誘致するのは実際には困難だ。韓国の合計特殊出生率が過去最低を更新する中で、地方が人口を増やすことは一層難しい状況になっている。

インタビューに答える韓国・明知大の林承彬教授=2023年9月6日、ソウル

 それだけに、地方は移住者よりも都市から観光などで訪れる人を増やす方向で、独自の戦略を練ることが求められる。隣接する自治体との連携強化など、行政の効率化を進めて、政府からの無駄な交付金をなくしていくことが必要だ。
 日本は韓国より内需が大きく、人口も首都圏に集中しすぎていないので、地方でも企業を誘致しやすい。一方、日韓で共通の問題は、地方公共施設の維持管理に金をかけすぎている点だ。箱物ではなく、地方で中小企業に就職したり、子育てをしたりする人への支援に充てるべきだろう。
 移民の受け入れも含めて、多様性のある人口構成を目指すことが、日韓の地方の活性化につながっていく。

 イム・スンビン 1959年ソウル生まれ。韓国外国語大卒。東京大大学院博士課程修了。韓国地方行政研究院の研究委員や政府の地方分権委員会の委員などを歴任。

【一口メモ 韓国の首都圏一極集中】
 韓国の総人口のうち、ソウルや京畿道(キョンギド)などの首都圏に住む人の割合は、1960年は2割ほどだったが、年々上昇を続けて2020年に5割に達した。日本では東京都と隣接する3県(神奈川、埼玉、千葉)の人口が、総人口の約3割で、韓国と比較すると集中度は低い。韓国政府は12年、国土の均衡発展を目指すとして、韓国中部・忠清南道(チュンチョンナムド)に「行政中心複合都市」として世宗(セジョン)市を建設し、政府機関の移転を進めたが、全体の集中解消には至っていない。

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