なおも上を向く人

 その少年は野球日記をつけていた。ある日はこう記す。〈わるかったこと 全力で走れていなかった〉〈よかったこと 声がいつもよりだせていた〉。日々、こんな調子だったという▲野球漫画に徹した故水島新司さんに「球道くん」という作品がある。主人公の天才球児は投げれば速度160キロを超え、強打者でも鳴らした。現実離れした超人として描かれたが、“こつこつ少年”はやがて漫画の世界を超えてしまう▲流行語になった「リアル二刀流」とは1試合のうちに投手も打者もこなすことをいうが「漫画でも絵空事でもなく、現実(リアル)に存在する離れ業」の意味にも思えた記憶がある▲今は順風の人にしか見えないが、米大リーグ3年目は投げて0勝、打率は1割台。二刀流で通すか引くか、苦しみ抜いた時もある▲投打で輝きを放ち、ドジャースに移籍した大谷翔平選手が会見で「勝つことが一番大事」と語った。強豪チームなのに、幹部らが「この10年間を全く成功だと思っていない」と言うのを聞き、心を動かされたという▲2年前「試して反省して、試して反省して…。繰り返してだんだんよくなる」と語っていた。高みにいて、なおも上を向く人の志と、チームの思いが響き合ったのだろう。未来へと架かる橋は、虹色の美しい弧を描いている。(徹)

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