「発達障害ビジネスだ」専門医が批判、学会も認めない療法を勧めるクリニックの実態 患者の頭に「磁気刺激」、治療代に高額ローン組ますケースも

「QEEG」と呼ばれる脳波検査の結果レポートのコピー(患者提供)

 
 「発達障害に頭部の磁気刺激治療が効く」と宣伝している精神科クリニックが物議を醸している。「TMS」と呼ばれるこの治療法は比較的新しく、うつ病患者には保険適用されているが、発達障害への効果は日本精神神経学会も認めていない。しかし、発達障害の専門外来をうたい東京や大阪などに展開するこのクリニックは、独自の見解を基に「9割に効果がある」などと宣伝。保険適用外のTMSに誘導している。患者側が治療費のために高額のローンを組むケースもあり、精神科医らは「患者の不安を利用している」「発達障害ビジネスのひとつ」などと批判している。(共同通信=小林知史、武田惇志、真下周)

取材に応じる精神科クリニックの関係者=8月

 ▽学会は注意喚起
 このクリニックは2010年代に登場。運営する医療法人は、美容外科大手と関連するコンサルタント会社に業務委託している。
 治療のメインにしているのが「TMS(経頭蓋磁気刺激治療)」で、専用のコイルを頭部に当て、発生するパルス磁場によって特定部位の神経細胞を繰り返し刺激し、脳の働きを正常へと近づける治療法だ。うつ症状への効果が一定程度認められ、日本では2019年に一部のうつ病患者に保険適用された。
 身体への有害性や負担が少ない新しい治療法として注目されるが、日本精神神経学会の適正使用指針(2023年8月)は、18歳以上で、かつ薬物療法により十分な改善がみられないうつ病患者に対象を限定している。一方、海外では強迫性障害やニコチン依存症などを治療対象にしている国もある。研究や臨床応用は途上段階にあるというのが現状だ。
 学会は2020年9月にも注意喚起の文章を発表している。「抗うつ薬による十分な薬物療法によっても、期待された治療効果が得られない成人患者(18歳以上)にのみ、慎重に実施されるべき」「18歳未満の若年者への安全性は確認されておらず、子どもの脳の発達に与える影響等は不明」「発達障害圏の疾患(自閉症、ADHD、アスペルガー障害など)やそれに関連する症状、あるいは不安解消や集中力や記憶力の増進などに対する効果は、海外においても確認されていません」としている。
 一方でクリニックはホームページやパンフレットなどで、TMSは発達障害に有効だと宣伝し、カウンセリングや診察で「9割に効果がある根本治療で、効果は持続する」と強調する。学会が指針で避けるよう求めている未成年に対しても施術を勧めている。

精神科クリニックがTMS契約を結ぶまでの流れ

 ▽「脳に混線」「グレーゾーン」
 患者や関係者によると、診療の流れはこうだ。カウンセラーによる初回面接があり「QEEG」と呼ばれる脳波検査の後、医師の診察に進む。診察の際には、脳の状態を可視化した図面を示し「脳に混線がある」「発達障害のグレーゾーン」などと説明する。治療費を一括で支払えない場合はローンを組ませるなどし、8~48回の施術(費用は最大で計約85万円)を契約させるケースが多い。クリニック関係者は「精神科の専門医はほぼいない。TMSの十分な研修も受けていない」と指摘する。
 また、クリニックはホームページで、所属医師を「精神科専属医」「認定指導医」と紹介している。これに対し、日本精神神経学会の専門医は「こうした名称は普通使わない。このクリニックには精神科での実績が乏しく、専門医認定を受けていない人が目立つ」と指摘する。
 クリニックは脳波検査のデータから、TMSで刺激すべき詳細部位を特定できると主張しているが、それについて別の精神科医は「脳波検査では刺激部位の特定はできず、発達障害の診断もできない」と否定的だ。
 学会の適正使用指針の策定にも関わった慶応大医学部の野田賀大特任准教授(ニューロモジュレーション)は「学会の適正使用指針は、自由診療をする医師らにとってはただの参考資料で、注意勧告になっていないのが実情だ。TMSは効果などについては未知数な部分が多いが、一部のクリニックはビジネス目的で、精神科の専門医によるまともな診察もなくTMSに誘導している」と打ち明けた上で、「TMSは医療技術の一つで、機器の取り扱いには最低でも1~2年のトレーニングが必要といえる。効果や副作用についても分かっていないことが多く、発達障害や未成年の治療を目的に使うのであれば、研究の一環として行うべきだ」と指摘した。

慶応大の野田賀大特任准教授

 ▽発達障害とは何か
 発達障害は2000年代から急速に世の中に知られるようになった。
 生まれつき脳内の情報処理や制御機能が偏っていることによる(1)対人コミュニケーションなどが難しい自閉スペクトラム症(ASD)、(2)物事に集中しづらく落ち着きがない注意欠陥多動性障害(ADHD)、(3)読み書きが困難な学習障害(LD)を指す。厚生労働省の2016年の調査によると、診断を受けた人は全国で約48万人(推計)。診断数は増加傾向にあるとされ、認知度の高まりなどが理由に挙げられている。
 文部科学省の22年公表のデータによると、全国の公立小中学校の通常学級で、発達障害の可能性を示す「学習面か行動面で著しい困難がある」児童・生徒の割合は8・8%に上る。
 発達障害の診断や治療、助言を求めて、多くの人が精神科や診療内科を訪れる。しかし、未成年を中心に専門的に診られる児童精神科医の数が足りず、診察を待たされるケースが慢性化している。一方でインターネットでは、検索すると「すぐに診断、治療できます」とうたうクリニックが検索上位に出てくる。
 そして、このクリニックを受診、TMSの施術を受けた後に治療効果が得られないなどと違和感を抱いた患者が、セカンドオピニオンを求めて受診に来ると、複数の精神科医が証言している。

脳波検査のレポートには「混線」や「グレーゾーン」と手書きで記されていた(患者提供)

 ▽「安全に受けられる」と信じたが
 「『安全に受けられる』との医師やカウンセラーの言葉を信じて高額契約を結んだのに…」。そう記者に切り出したのは、小学3年の息子を持つ千葉県の30代女性だ。
 女性によると、息子は小学校に入った頃から成長の遅れが大きく感じられるようになったという。同級生が5分で終えられた宿題を、1時間かけても終えられないこともあった。文字や時計を読むのが苦手で、小学校の教員からは特別支援学級を勧められた。
 千葉県内にある病院の脳神経内科で、ASDやADHDと診断されたが、処方された大量の薬に不安を感じていた。小学校の教員からは「息子さんが午前中に全く起きない。ゆすって起こしても何をしてもだめ」と指摘されたこともあった。副作用は深刻だった。
 当初は、近所で担当医を変えようと他院を探したが、地域に児童精神科医は少なく、1年待ちの予約状況となる場合も少なくなかった。そんな時に予約が取りやすくて駆け込めたのが、このクリニックだった。2022年春のことだった。
 クリニックを訪れると、その日のうちにQEEG脳波検査を受け、「脳に混線がある。年齢が低ければ低いうちに(TMSを)やった方が、効果が出る」「効果はずっと残る。根本治療だ」などと医師から説明を受けた。
 遠方でもあり、即契約はせずにいったん持ち帰ったが、夫などと相談し「なんでもできることはしてあげたい」と、32回(1回約20分)、計約60万円分の施術を契約することにした。
 実は息子には、学会の指針でTMS使用を避けるようにと記されているてんかん発作があったため、クリニックには伝えていた。職員からは「部分性発作なので大丈夫です」と説明を受けたため標準のコースを選んだのに、施術を数回受けた後、機器を扱う臨床工学技士から「てんかんがあるので、右側の頭(の施術)はやめときますね」と言われ、困惑した。女性は次第にクリニックに不信感を募らせるようになった。
 結局、約1年後に予定の半分ほどの回数で中止を決めた。未施術分などの返金を受けたが、施術済みの分は返金されなかった。治療効果も実感できておらず、女性は「お金だけでなく通院時間も、そして期待した私の気持ちも返してほしいです」と訴えた。
 この女性の他にも、複数の患者が取材班に対しクリニックの治療に疑問を投げかけている。
 読み書きや計算が苦手で、人との会話でしどろもどろになりやすいという千葉県の30代男性は、クリニックで発達障害のグレーゾーンと指摘された。金銭的余裕がなく契約せず、別の精神科医にかかり、知能検査で軽度の知的障害と診断された。「クリニックの見立ては正しかったのだろうか」と疑問視している。

精神科クリニックのカウンセラー向け院内資料のコピー(一部をモザイク処理しています)

 ▽心理テクで契約獲得
 共同通信は、このクリニックのカウンセラー向け内部資料を入手した。タイトルは「契約の取れるカウンセラーになるための営業学」。作成は2023年2月で、部外秘を示す「CONFIDENTIAL」と書かれていた。
 資料では、最初の情報が意思決定に影響する「アンカリング効果」と呼ばれる心理学のテクニックを説明。最初に機器の値段は数千万円だと示すことで、数十万円の施術費を安く感じさせる手法も紹介している。

精神科クリニックのカウンセラー向け院内資料のコピー。「アンカリング効果」について強調している

 関係者によると、カウンセラーの給与体系では、基本給に加算する「能力給」は、契約に至った割合を反映する仕組みだった。エステなどの営業経験がある人が採用されやすいという。勤務するカウンセラーは「医療機関の感覚が薄く、契約が取れればよいという雰囲気だ」と利益重視の姿勢を明かした。
 また、医師も契約を強く求められるという。元勤務医や関係者は「どれだけ契約につなげるかで給与が変わる」「診察を『駆け引き』と呼ぶ医者がいた。最低でも2割の契約を求められた」と話した。

精神科クリニックの「総括院長」名で送られてキタメッセージアプリのスクリーンショット。「医師問診は患者様との駆け引き」とある

 ▽「自由意思で納得して契約」
 共同通信はクリニック側の見解を問うため医療法人などに質問状を送付したが、期限までに回答はなかった。一方、医療法人が業務委託するコンサルタント会社の幹部は取材に応じ、「自由意思で納得して契約してもらっており、問題ない。本当に効果がないなら事業として成り立たないはずだ」と話した。
 共同通信の取材チームでは、読者からの情報提供や体験談を募集しております。こちらにお寄せください。osaka-shakaibu.op0001@kyodonews.jp

© 一般社団法人共同通信社