「家族を呼んでください」。5年前、パートナーを乗せた救急車内で言われ、「私が家族です」と答えられなかった。けげんな顔をされるのが、怖かった。今年9月、兵庫県加古川市で同居する同性カップルは、同市で始まったばかりの「パートナーシップ届け出制度」に申請し、二人の関係を証明するカードを受け取った。まだ怖さはあるけれど、同じようなことがあれば、今度は伝えられる-。
松井三恵さん(38)と山本婀貴子さん(47)。
2017年から一緒に暮らし、7年目になった。
加古川市内で取材に応じてくれた。よく笑う穏やかな雰囲気のカップルだった。
二人とも、性自認に悩んだ経験はない。
若い頃は男性と交際したこともある。
松井さんは「頼りになるとか、人として尊敬できる相手がたまたま女性だっただけ」と話す。
山本さんは20代前半で女性を好きになり、「自分は女性とも付き合えると初めて知った」。
父から同性との交際を猛反対され、朝まで大げんかして「病院に行け」と言われたこともある。
二人が出会ったのは16年、大阪市内の同じ飲食店の常連だったことがきっかけだった。
よく話すようになり、交際を始めた。
松井さんが住む加古川市の一戸建て住宅で同居することになり、二人はそれぞれの家族に事情を話した。
松井さんは、母と一緒にランチを食べながら、「一緒に住みたい人がいる」と説明した。
母は特に詳しく聞くことはなく、受け入れてくれた。
松井さんと両親、山本さんは、一緒に姫路城に観光に行ったことがあった。母は、うすうす気付いていたのかもしれない。
松井さんは若い頃から、「結婚はしない」と宣言していた。母も「結婚が幸せの全てじゃないからね」と理解を示していた。
父には直接話していないが、母から伝わっていると思っている。
山本さんは父に松井さんを紹介した際、「えらい若い子つかまえたな」と言われた。
同性との交際に強い抵抗があった父は、長い時間を経て、考え方が変化していた。
かつて父は、「女の幸せを考えたら結婚した方がいい」と言っていた。
最近は「いろんな幸せの形があるからな」と話すようになった。
◇
山本さんが救急車で運ばれたのは、同居を始めた翌年の18年夏だった。
不眠気味だった山本さんは、睡眠導入剤を服薬していた。
その日も自宅で薬を飲み、もうろうとした状態で階段を上がろうとして、足を踏み外した。
頭を打ち、意識がはっきりしない。松井さんは119番通報した。
松井さんは救急車内で、「家族を呼んでください」と言われ、二人の関係を話せなかった。
大阪に住む山本さんの姉に連絡し、2時間かけて病院まで来てもらった。
「『家族が来るまで話せません』と説明を拒まれるのを心配した」
山本さんは軽症だったが、同性カップルにとって、心理的な「社会の壁」を認識する出来事になった。
山本さんは、財布に自筆のメモを入れていた。
「事故や急病等で家族に連絡をとる必要が生じた際は、松井三恵さんと○○さんに連絡を入れてください。私はこの方々との面会を望みます」(○○は知人の名前)。
こう書いていた。
自分に何かあった際、病院で、家族である松井さんと会えないことを恐れた。
◇
ホウレン草のナムル、きんぴらゴボウ…。週末の休みには、自宅で一緒に、1週間分のおかずを作り置きする。
献立や料理の段取りを考えるのは松井さん。
2人で5日分を作り、保存容器に入れて冷蔵。平日に弁当に入れたり、夕食に出したりする。
山本さんが帰宅すると、先に帰っている松井さんは、歌いながら家事をしていることが多い。
山本さんは仕事で落ち込んでいても、少し明るい気持ちになる。
松井さんと同居する前、山本さんは神経質なところがあった。
カーペットの1ミリのずれが気になり、掃除を始めると4時間以上になることもあった。
いまは犬2匹、猫2匹と一緒に生活し、細かなことは気にならなくなった。松井さんのおおらかさに影響されていると感じる。
休日、外食しようとして、食べたい物が同じこともしばしば。7年間、一緒に暮らし、互いに考えていることがよく一致するようになった。
行きつけの喫茶店で、加古川市のご当地グルメ「かつめし」を休日に食べるのも、お気に入りの過ごし方の一つ。
ささいな日常に、幸せを感じる。
今年8月、自宅の郵便受けに、加古川市の広報誌が入っていた。
同市で、性的少数者のカップルを婚姻相当関係と認める「パートナーシップ届け出制度」が始まったことが紹介されていた。
二人で話し合って申請し、9月14日、カード型の受理証明書を1枚ずつ受け取った。
「公的な機関に私たちの関係が認められた。安心につながる」と山本さん。「これから大きな買い物があったら、ペアローンが組める」と笑う。
緊急連絡先として松井さんの名前を書いたメモは、もう財布に入れていない。
一方で、山本さんは「人によっては受け入れてくれないかもしれない。自分から説明するには、まだ周りの反応が気になる」とも口にする。
松井さんも「パートナーの証明はもらったけれど、まだ相手がどう思うかを考えてしまう。『家族ですか』と聞かれて、すぐに『はい』と言うにはためらいがある」と打ち明ける。
松井さんは「私たちのような関係を、普通に受け入れてもらえるような社会になってほしいですね」とほほ笑んだ。(斉藤正志)