発達障害と診断された日、妻は「ゴメン」と言った 危機を乗り越えた夫婦が、漫画で描くリアルな日常 作品で伝えたい「感謝」とは

漫画「僕の妻は発達障害」の作者、ナナトエリさん(右)と亀山聡さん夫妻=2023年10月18日、東京都新宿区

 「(妻は)確かに変だ。でも僕だって…」。発達障害がある妻とその夫の日常を描いた漫画「僕の妻は発達障害」が月刊コミックバンチ(新潮社)で好評連載中だ。作者はナナトエリさん(43)と亀山聡さん(41)夫妻。ナナトさん自身も発達障害の当事者で、自分たちの実体験や当事者仲間の声を基にしたリアルな内容になっている。時にすれ違い、ぶつかりながら、2人が紡ぐストーリーからは、障害とは何かを考えるヒントが見えてくる。(共同通信=永澤陽生)

漫画「僕の妻は発達障害」の一場面

 ▽「パワフルでエネルギッシュな人」と結婚したら…明け方までけんかが絶えず
 ナナトさんは結婚前に北海道から上京し、広告の漫画やアシスタントの仕事をいくつも掛け持ちしていた。今にして思えば「衝動性が強く、自分の限界が分からないまま働き過ぎだった」と言う。同じ漫画家志望の亀山さんの目には「すごいパワフルで、エネルギッシュな人」と映った。
 しかし、いざ結婚生活を始めてみると、「あれ?」と思うことがしばしばあった。亀山さんが真剣な話をしても、ナナトさんは他のことに注意が向いて全然覚えていなかったり、物事の考え方が大きく違ったり。結婚してから1年がたっても、明け方までけんかが絶えず、亀山さんは「毎日が戦争のような状態だった」と話す。ささいなきっかけで衝突することが多かったため、ナナトさんは半信半疑だったが、30代半ばで検査を受けることにした。
 結果はLINE(ライン)で知らせた。
 〈発達障害だった。ゴメン〉
 障害者と結婚させてしまったという申し訳なさと、これから迷惑をかけるかもしれないという気持ちから出た言葉だった。亀山さんからは即座に励ますような笑顔のスタンプが返ってきた。

 ▽ひきこもりにゲーム依存、夫婦の窮地を救った精神科医のアドバイス
 しかし、その日を境にナナトさんは自宅にひきこもるようになった。「私には何かできることがあるのかな」と思考が後ろ向きになり、亀山さんを「自分より何でもできるすごい人」と仰ぎ見るようになった。「彼を起こしてしまうのでは」と、びくびくして寝返りさえ打てなくなり、追い詰められて自ら命を絶とうとしたこともあった。
 亀山さんも「それまでは平等に理屈で闘っていたのに、心のどこかでこっちの感覚の方が普通で正しいと思い始めていた」と振り返る。一方で漫画の仕事はうまくいっておらず、オンラインゲームにのめり込んで、ゲーム内でアイテムを手に入れるための「ガチャ」と呼ばれる“くじ”に半年間で200万円をつぎ込んだ。事故で亡くなった父親の遺産にまで手を付けてしまった。
 2人の窮地を救ったのは「夫婦のバランスが崩れているよ」という精神科医のアドバイスだった。「お互いを知るためには、まずはそれぞれが自分の弱さと向き合わないといけない。そのきっかけを障害や依存症からもらったという感じ」(ナナトさん)。第三者が間に入ることで、頑なだった心を少しずつ和らげることができたという。

家事の順番に関する「僕の妻は発達障害」の一場面

 ▽ラブストーリーではなく、夫婦のありのままの姿を
 危機を乗り越えた2人は発達障害をテーマにした漫画を描きたいと月刊コミックバンチの編集長榎谷純一さんに相談した。当初は、大学生が登場する「めぞん一刻」のようなラブストーリーを念頭に置いていたが、榎谷さんからは夫婦のありのままの姿を描いてはどうかと提案された。榎谷さんは「発達障害がある妻と定型発達の夫という関係性が興味深かった。そんな夫婦の生活や感情を読んでみたいと思った」と振り返る。作品化に当たっては「暗い内容にせず、決して自分を卑下しないように」との注文を付けた。
 「僕の妻は―」は2020年に連載スタート。発達障害があるアパレル店員の知花と、夫で漫画家アシスタントの悟の日常を描く。
 知花は明るく快活で売り上げ成績も良いが、同時に二つの作業をこなすのが苦手。売り場で洋服をたたんでいる最中に客から声をかけられると、途中で放り出し、周りの店員に迷惑をかけてしまう。
 家でも思ったことを一方的にしゃべり続けたり、家事を順番通りにこなさないと混乱したりして、悟は途方に暮れる。
 そんな中、2人は対話を重ねながら、さまざまな工夫をこらす。悟が漫画に集中したい時に発動する「邪魔しないアラート」も、その一つ。知花が分かりやすいよう部屋に張り紙をし、その期間のやりとりはLINEで済ませる。

「邪魔しないアラート」について描いた「僕の妻は発達障害」の一場面

 ▽「僕はぐずぐずと考え過ぎてしまうが、妻はすぱっと決断できる」
 物語はフィクションで、日常生活での出来事やナナトさん自身のアパレル経験、交流サイト(SNS)で知り合った当事者らの話を基に、発達障害にまつわる多様なテーマを取り上げている。
 毎回2人でディスカッションをしながら、ネタ出しをして、ストーリーは主にナナトさんが構成。キャラクターは手分けして描いており「半分ずつ違うこともある(笑)」という。亀山さんは「僕はぐずぐずと考え過ぎてしまうが、妻はすぱっと決断できる」と話す。足りないところを補い合いながらの共同作業だ。
 作品中の知花と悟の関係は決して一方的ではない。そんな夫婦の関係性を象徴する悟のせりふがある。
 〈(知花は)確かに変だ。でも僕は変でいいと思う。僕だって大した人間じゃない。お互いさまなんだ〉

発達障害当事者会フォーラムに登壇したナナトリさん(左)と亀山聡さん夫妻=2023年10月9日、名古屋市

 ▽先入観が邪魔になる場合も…その人との関係をうまく構築できればいい
 10月上旬、発達障害当事者協会(東京)が主催するフォーラムが名古屋市で開かれた。各地の当事者団体が集まり、職場や学校など、さまざまな場面での苦労を分かち合った。ナナトさん、亀山さん夫妻も登壇。ナナトさんは「私の人生の大半はぼろぼろだったけれど、主人のような理解者が現れ、6歳から夢見ていた漫画家になることができた。今つらい人はたくさんいると思うけれど、この先の人生もずっとつらいとは限らない」と語った。
 夫妻へのインタビューは、その1週間後に東京都内で行った。記者が「作品で最も表現したかったことは何ですか?」と尋ねると、ナナトさんは「感謝」と答えた。
 「発達障害といっても一人一人は全然違う。その人に合った環境や人に出会えれば、生きやすくなる。私は障害がある自分に寄り添ってくれる人の存在にすごく感謝している。知花の悟への思いもそう。『障害ってこうなんですよ。だから理解してください』って言うと、なんか重たいし、相手も分かっていないことを責められているような気がしてしまうと思うんです。ほら、よくトイレにあるじゃないですか。『きれいに使ってくれてありがとう』って。自然と世の中に広まっていくとしたら、あの方法じゃないかな」
 発達障害という言葉は最近、広く知られるようになった。しかし、亀山さんは、忘れてはならない大切な視点も教えてくれた。
 「障害の特性に関する知識は助けになりますが、先入観が邪魔になる場合もあります。自閉スペクトラム症(ASD)とか、注意欠如・多動症(ADHD)とか、こういう人だよねというのは、やっぱりステレオタイプなんです。要はその人としっかり付き合ってみて、関係をうまく構築できればいいだけの話だと思います」

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