「多様性の先」へ進む欧州の女子サッカー、その文化や待遇を現地取材。日本の未来はここにある?

近年のヨーロッパで日々存在感を増している女子サッカー。『DAZN』では各国のリーグや女子チャンピオンズリーグが放送されており、日本人選手も数多く欧州へと渡っている。

以前からヨーロッパを現地取材してくださっている石川美紀子さんが、再び女子チャンピオンズリーグを戦っているスパルタク・スボティツァ(Spartak Subotica)のオフィシャルカメラマンとして試合に帯同。

10月18日にスウェーデンで行われた女子チャンピオンズリーグ2次予選を撮影し、今ヨーロッパでの女子サッカーがどのような状況で行われているかをレポートしてくれた。

「電車で国境を超える」欧州の旅

UEFA女子チャンピオンズリーグのグループステージは今週が4節目。熊谷紗希選手、南萌華選手が所属するローマ、門脇真依選手が所属するローゼンゴードなど、日本人選手も所属するクラブがノックアウトステージを目指して戦っている。

11月のグループステージ開幕に先立ち、10月には欧州各地で2次予選(プレーオフ)が行われた。9月の1次予選に引き続き、セルビアの名門クラブ、スパルタクでチームフォトグラファーを務めた経験を、今回は言語と社会とサッカー文化という視点から切り取ってみたい。

私は年2回、それぞれ1か月程度セルビアに滞在して、本業のためのインタビュー調査をしながらフォトグラファーとしても活動している。スパルタクでチームフォトグラファーを務めるようになって2年目、今年9月にはデンマークで行われた1次予選トーナメントに帯同した。

日本人フォトグラファーが見た女子CL。目撃した「歴史的瞬間と多様性」、そして「あの日本人選手」

2次予選はホーム&アウェイ方式で、スウェーデンの強豪ローゼンゴードと対戦。セルビア女子代表の10番で、チェルシー所属のイェレナ・チャンコヴィッチ選手がかつて所属していたクラブでもあり、スパルタクにとっては縁のある対戦となった(イェレナはもちろんスパルタクの出身)。

2022-23シーズンのUEFA女子リーグランキングではスウェーデンが5位、セルビアが20位と圧倒的に格が違うが、セルビアで行われた1stレグでスパルタクは1-2で善戦していた。

続いてスウェーデンのマルメで行われる10月18日の2ndレグに、私はチームフォトグラファーとして帯同することになった。ただ、今回は日本から2泊5日の強行スケジュールなので、セルビアから直行便でスウェーデン入りするチームとはマルメの宿舎で合流する手はずになっている。

まずは自宅がある名古屋から成田まで国内線で飛び、それからポーランドのワルシャワ経由でデンマークへ。コペンハーゲン空港からスウェーデンのマルメは電車でたったの30分なので、国境の橋を直通電車で越えて無事に到着。

宿舎で合流した選手とスタッフの全員から大きなハグで迎えてもらった。いつものことながら、それだけでもう今回のミッションは達成したような気持ちになってしまう(笑)。

チーム内では基本的に、ぐだぐだのセルビア語とふわふわの英語でコミュニケーションをとっている
10月中旬の北欧の夜は、驚くほど寒かった

18時から1時間の前日公式トレーニングを終え、時差ボケと24時間の移動疲れでそろそろ電池切れになりそうな自分を励ましながら画像処理をする。ナイター照明で撮影する女子サッカーは、本当に美しい。

外国人選手が「助っ人」ではない世界

試合当日。ミーティングと食事を済ませた選手たちとバスに乗り、スタジアムへ向かった。セルビアの地元メディアや数名のサポーターが、あの小さな私たちのホームタウンから遠征してきて、選手たちを待っていてくれた。

スウェーデンにはユーゴスラヴィア紛争の際に国を逃れてきたセルビア系住民が多い。そのためスタンドにもセルビアの国旗がはためいている。

なんだかとても懐かしい気持ちになり、選手たちも笑顔で手を振っていた。スタッフもサポーターも含め、その場にいる皆が心を一つにするあの感覚。これぞアウェイ遠征の醍醐味である。

スパルタクのホームタウンであるスボティツァは人口10万人程度の小さな地方都市
実に様々なルーツを持つエスコートガールたち。欧州の女子サッカーらしい光景だ

対戦相手のローゼンゴードには、この夏に東洋大学から移籍した門脇真依選手が所属している。選手たちもスタッフも「1stレグでヤパンカ(セルビア語で日本人女性の意)がとても良かったから、彼女には気をつけないと」と口々に言っていた。

門脇真依選手。警戒していたはずなのだが、この日の1点目は彼女のゴールだった

さらに、登録上の国籍がスウェーデンである選手も、アフリカ系や中東系などさまざまなルーツを持っている。ピッチ上でプレーしている選手の中で「誰が外国人なのか」という認識はもはや全くもってナンセンスである。

ローゼンゴードのIsabella Obaze選手(デンマーク、左)とスパルタクのDoris Boaduwaa選手(ガーナ、右)

多様(ダイバーシティ)であることはすでに当たり前の光景で、ここで国籍はハンデでもアドバンテージでもない。ピッチ上ではみな平等だ。アジアでよく言われる「助っ人外国人選手」という感覚とは全く別世界である。

Kaela Hansen選手(中央)。カナダ国籍のアジア系選手
Tijana Filipovic選手(右)。唯一の得点となったが、さすがに笑顔はなかった

試合は5-1で門脇選手が所属するローゼンゴードの勝利。我がスパルタクは終了間際にセルビアリーグ得点女王のフィリポヴィッチ選手が決めた1点のみで、CL本戦出場はかなわなかった。

急騰する女子選手の価値と、セルビアでの実態

近年、欧州では女子サッカー選手の価値が急激に上がっている。

なでしこジャパンの長谷川唯選手らが所属するイングランドFA女子スーパーリーグや、昨シーズンの女子CLを制した女王バルセロナなどには、日本円で年俸5000万円以上を受け取る女子選手も出てきている。

しかし、セルビアの女子スーペルリーガ(1部リーグ)では、超名門クラブのスパルタクであっても、待遇面でも環境面でもまだまだ発展途上だ。

選手にはっきり「いくら?」と聞いたわけではないが、20代前半の外国人選手の年俸は「セルビアで暮らしていける程度」だという。

ちなみにセルビアの平均月収は物価高騰とともに上昇していて、CEICのデータによると2023年8月時点で15万円程度。この10年で3倍近く上がっているが、スパルタクのホームタウンであるスボティツァに住んだ体感としては、地方都市の平均月収はおそらくそこまで高くない。

チームには10代の選手も多く、高校や看護学校、大学の体育学部などに通いながらプレーを続けている者もいる。しかし、ここから多くの選手が西欧の強豪クラブに移籍しており、イェレナ・チャンコヴィッチ選手のようにチェルシーまで上り詰め、セルビア女子代表のエースとして君臨することも不可能ではない。

この夏の女子W杯で決勝トーナメントに出場した代表選手の多くが欧州クラブでプレーしている…という事実からも、「女子CL出場クラブに所属して欧州のハイレベルなサッカーに触れられること」による恩恵は計り知れないものであると分かる。

それは選手だけでなく、フォトグラファーの立場であっても同じことが言える。

これまでに私は、男子のUEFAチャンピオンズリーグ予選でレッドスター・ベオグラードの試合を撮影したことも、セルビアA代表のEURO予選を撮影したこともあるが、それはあくまで取材者としての経験だった。

今回のUEFA女子CLプレーオフ(2次予選)には、チームの一員として参加した。この試合のピッチは、私の経験上、おそらく今まででいちばん世界の頂点に近い場所だったと思う。

トップレベルの選手が集まる頂点に近づけば近づくほど、チーム内は多様性に富む。試合に臨む過程も含め、国籍は関係なくみな平等であるに違いない。

「ダイバーシティ(多様性)」の先にある、「インクルージョン(包括的)」な世界。セルビアの地方都市からチームとともに海外遠征して、世界の頂点を垣間見た。ああ、もう、なんてアメイジングな私の人生…!

日本の女子サッカー界から、選手はもちろん、トレーナーやクラブ関係者もぜひこの世界を体感してほしいと思う。欧州に挑戦する者が増えること、それは必ず日本の女子サッカー界の向上に繋がるはずだ。

ローゼンゴードでプレーしている日本人選手の門脇真依

門脇真依選手所属のローゼンゴードは、日本時間12月22日未明にスペインで昨シーズンCL女王のバルセロナと対戦した。

残念ながら門脇選手は怪我でメンバー外となり、試合も7-0と女王の前に為す術なしだったようだ。ただ女子チャンピオンズリーグのグループステージは2試合が残っている。今後の活躍を楽しみにしたい。

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