「感覚過敏」が抱える生きづらさ 音で転倒、ツリーの光で「神経が痛い」…外見からは分からず

耳栓代わりのワイヤレスイヤホンを手元に置き、感覚過敏の体験を話すえるさん=尼崎市杭瀬北新町1

 聴覚、嗅覚、視覚、味覚、触覚…。これらの感覚が過剰に反応し、日常生活に困難を抱える「感覚過敏」の人たちがいる。外見からは分からず、周囲に理解されない生きづらさを抱える。程度や苦手なものは人によってさまざま。世界が多様性を重視する流れにある中、当事者らは「感覚過敏に対する理解が広がってほしい」と願う。(森 信弘)

■インターネットで「これだ」

 「子どもの頃から高音や大きな音が突然聞こえると、体がぐっと固まってしまう感じがした」と話すのは、尼崎市在住で絵画などを手がけるアーティスト、えるさん(27)だ。ベビーカーを動かす音、電車や車のブレーキ音、猫よけのモスキート音…。人と歩くときは突然耳をふさぐと変だと思われないか心配で、少し後ろを歩くなどしてきた。

 車や電車には長く乗ることができない。においや音に加え、逃れられない場所にいる感じも苦しく、高校時代は満員電車に耐えかねて、遅刻を重ねた。

 自分が感覚過敏と認識したのは大学2年のとき。友人に指摘されてインターネットで調べ、「これだ」と思った。今は夫をはじめ、ありのままを受け入れてくれる仲間に囲まれているため、何事もないように装うのをやめ、苦手な音などを人に伝えられるようになった。

 今も映画館などでは音量を下げるため「耳栓」代わりにイヤホンをつける。「人目を気にしてつけられない人もいるはず。音量を下げた上映があれば…」

 一方、加西市の50代女性は20代でてんかんを発症した後、過剰な感覚に悩まされてきた。柔軟剤の香りや犬のほえ声、クラクションの音などに過敏に反応してしまい、多いときで月に2、3回も転倒することがある。

 仕事はレジ打ちをしたかったが、リスクを考えて諦めたという。

■静かで暗い施設

 感覚過敏に悩む人たちが生活しやすいよう配慮する試みも始まっている。東京国立博物館は、施設内の光の明るさや音の大きさなどの情報を示す「センサリーマップ」をホームページに公開。静かな環境でスポーツ観戦や買い物ができる「センサリールーム」「クワイエットアワー」などがある施設も少しずつ増えている。

 「スタジオグレイス」(神戸市長田区)のカメラマン谷俐輝(りき)さん(56)は、交通事故をきっかけに脳の機能障害で視覚や聴覚が過敏になった。視覚的にはサングラスが手放せず、商業施設にあるクリスマスツリーの発光ダイオード(LED)など「硬い光」がつらく「神経が痛い感じ」になるという。

 自身と同様に光がまぶしく、記念撮影が苦手という人たちがいることを知り、約4年前、光を多く取り込めるレンズを使って映画館並みの暗さで撮影できるサービスを始めた。

 「光が苦手だけど撮れるか」など問い合わせは数十件あった。実際に申し込みはなかったが、撮影後、「子どもはまぶしい光や騒がしいのがだめだけど言えなかった」などと打ち明ける母親の声も耳にしたという。残念ながら、新型コロナウイルス禍で出張専門に切り替えて以来、サービスは中止したままだ。

 ただ、谷さんは今も基本的にストロボは使わない。

 「過敏な人がこういうことがつらく、ここからは大丈夫と言える環境ができてほしい。周囲の人がそれを理解し、お互いに思いやればみんなが生きやすくなる」

◇ストレスや不安で悪化 必要な配慮伝える工夫も

 感覚過敏は、脳の機能障害とされる発達障害の特性がある人に多く見られる。こだわりが強く対人関係が苦手とされる自閉スペクトラム症(ASD)では9割以上のケースで現れるという報告も。また、自律神経失調症などの精神疾患のほか、交通事故による高次脳機能障害やてんかんなどでも症状が出る場合がある。

 感覚過敏や発達障害に詳しい精神科医で慶応大医学部特任助教の黒川駿哉(しゅんや)さん(36)は「どこからが過敏かという定義づけは難しく、社会的に困っているかどうかが問題だ」と話す。

 原因など全容解明には至っていない。感覚過敏自体、病気ではなく症状のため、直接的な治療法はないのが実情だ。このため、工夫しながら症状と付き合っていくことが大切になる。

 ストレスや不安が強まると、症状も強まるため「実生活の安心が大事」と黒川さん。自身が医療アドバイザーを務める「感覚過敏研究所」(東京)は、当事者と家族が悩み事などを話せるオンラインコミュニティー「かびんの森」を運営する。

 周囲に理解を広げるため、障害などで必要な配慮を伝える「ヘルプマーク」のように、可視化し、示すのも方法だ。同研究所は、苦手な感覚を文字化して伝える缶バッジの販売も行っている。(森 信弘)

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