海外で認められる映画の理由 役所広司主演の「PERFECT DAYS」トイレを通して伝わる生き方の物語

海外で認められる映画には理由がある。

それは言葉が通じないからこそ役者の細やかな演技力で人を惹きつける力と、セリフに頼らない画の力を信じ抜いた作品だ。『PERFECT DAYS』は世界三大映画祭のひとつ、カンヌ国際映画祭でお披露目され、見事、役所広司が最優秀男優賞を受賞。他にもエキュメニカル審査員賞を受賞し、世界80カ国以上での劇場公開が既に決定している。それだけでなく来年受賞式が開催される「第96回米アカデミー賞」国際長編部門日本代表にも選出されているのだ。

ただし、この映画は日本人監督によるものではない、俳優は日本人であるし、主な撮影地は渋谷と浅草周辺になるのだが、監督は『パリ、テキサス』(84)、『ベルリン・天使の詩』(87)など日本でミニシアターブームを巻き起こしたヴィム・ヴェンダースだ。その作風は本人が作家であり、写真家であることも含め、画の美しさと必要なセリフしか映さない研ぎ澄まされた映像美。そんなヴェンダースファンは世界中に存在し、もちろん日本を代表する名優・役所広司ファンも多く存在する。

この2人の組み合わせを思いついたのは、映画業界の人ではなく、広告業界で企業の魅力を生み出す高崎卓馬とPRなどを務める柳井康治だ。そもそも渋谷の公共トイレのプロジェクト「THE TOKYO TOILET」での企画で著名なクリエイター達による「使ってみたくなるトイレ」を作ってもらったことから、この魅力と清掃員への感謝から映画へと発展したのだ。

映画制作プロデューサーがよく口にする、スポンサー紹介をいかに上手く物語に溶け込ませるかが問題という点。いやらしくなく、馴染むようにその商品、もしくは場所を物語の一部にするかを監督と頭を突き合わせて考えるそうだ。これを本作はいとも簡単に成し遂げ、しかも多くの映画が目指す「誰もが自分ごととして考える」事を「ある男の日常」として完成させた。さらにはそのトイレに行きたくなるとまで思わせる、トイレの細部までこだわったデザインの美しさを、清掃員による掃除でさりげなく伝えるのだ。

けれどトイレの映画にはなっていない。トイレ利用者の様子を些細な行動で見せ、役所広司演じる主人公のリアクションや1日のルーティンから主人公・平山の性格が輪郭のように次第に浮き上がっていくのだ。

自家用車は清掃グッズを搭載、住まいの浅草から高速を使い渋谷まで行く間のBGMは、いまだにカセットテープ。流れるのはルー・リード、パティ・スミスやアニマルズ、ローリング・ストーンズ、といった60年代後半から70年代前半の曲ばかり。仕事が終わると自転車で行きつけのお店へと行き、時折、古本屋で寝る前に読む本を選ぶ。ミニマルな暮らしを自分の意思で作り上げた男は、人との交わりの中で、何を感じ、何を求め、どうしてこの生活に行き着いたのか。

日本の歴史と人情溢れる浅草から近代化が進み干渉をしない渋谷へ行き来する男の表情から、私達は日々の忙しさで忘れていることはないかと気付かされる。しかも役所広司の表情に見惚れるほど、空を見上げる瞬間、音楽を聴きっている瞬間、居酒屋で見知らぬ客と挨拶を交わす瞬間、幸せそうな笑みを浮かべる。それらを目にして湧き上がってきたのは、老いることは恐ろしいことではなく、「感謝して生きた人は美しい」という感情だった。

そして自分自身はそうやって老いていけるかとふと考えた。出会えたことに感謝できているか、物欲にまみれていないか、そんな事を主人公・平山の美しい表情を見た後に、胸に手を当ててしまう作品でもあった。

(映画コメンテイター・伊藤さとり)

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