ブタから人への臓器移植が実用化へ新段階、臓器不足解消の切り札となるか 最前線の米国で日本人医師が一翼を担う【ワシントン報告(11)異種移植の最前線】

2023年7月14日、米ニューヨーク大で実施されたブタの腎臓を脳死患者に移植する手術(AP=共同)

 動物の臓器を人間に移植する「異種移植」の臨床応用が、研究の最前線・米国で急展開を見せている。ブタから人間への移植が最近続き、実用化へ新たな段階に入った。これまで免疫の拒絶反応やブタ特有のウイルスが大きな壁となって立ちふさがってきた。数チームが競い、一翼は日本人医師が率いる。人工多能性幹細胞(iPS細胞)と並び、実用化されれば臓器不足が一気に解消される。切り札となれるのか。この先1~2年が正念場となりそうだ。(共同通信ワシントン支局長 堀越豊裕)

 ▽「失敗許されない」

 「早期の拒絶反応が想定された1頭を除き、8頭全てが元気です。人間に移植しても大丈夫だと考えていますが…。失敗は許されないんです」

ジョンズ・ホプキンズ大の山田和彦教授=9月、米メリーランド州ボルティモア(共同)

 ワシントン近郊のボルティモアにある名門ジョンズ・ホプキンズ大医科大学院。山田和彦教授が9月、ブタの腎臓を移植したヒヒの予後を丁寧に説明してくれた。拒絶反応を抑えるため、ブタは10個の遺伝子を改変してある。
 人間への臨床試験を米食品医薬品局(FDA)に申請するための前臨床試験に当たり、実用化を見据えた最終段階と言える。移植されたヒヒは最長で術後9カ月になろうとしていた。12月の今も健康を維持している。

 1960年代以降、チンパンジーやヒヒなど霊長類の心臓や腎臓を人間に使った異種移植は何度か試みられてきたが、実績は良くない。その後、ブタが最適と見なされるに至った。繁殖の容易さや臓器の大きさが人間に近い点が背景にある。拒絶反応を防ぐ遺伝子改変の技術やウイルスの有無を確認する手法の進展が最近の臨床応用を後押しした。ブタの臓器は心臓の人工弁として既に使われている。

 ▽飛躍的進展と評価

 異種移植が大きく動いたのは2021年だ。ニューヨーク大のチームが遺伝子操作したブタの腎臓を初めて脳死患者に移植した。これを追うようにメリーランド大のチームは2022年以降、心臓病の末期患者に対する心移植を2例続けた。臨床応用にいつ踏み切るかは専門医の間で大きな壁だったが、脳死患者への移植によって「それが一気に吹き飛んでしまった」(山田氏)。

米食品医薬品局(FDA)本部=2020年8月、メリーランド州ホワイトオーク(ロイター=共同)

 課題はある。脳死患者への腎移植は家族の同意を得て行われたが、本人の意思確認ができない点一つとっても、倫理面の問題が残るだろう。心移植を受けた末期患者2人はいずれも50代の男性で、術後2カ月以内で死亡した。移植しない限り生存できないという状況の下、FDAが特例として許可した。うち1人については傷害罪で有罪になった過去を取り上げた報道もあった。
 それらを踏まえても一連の臨床応用が時期尚早との議論は聞かれず、むしろ「移植の飛躍的な進展」(ニューヨーク・タイムズ紙)と好感されているのは挑戦を積極評価する米国の一面を表す。
 米国では約10万人が臓器移植を必要とし、大半を腎臓が占める。日本と同様、供給は不足している。遺伝子改変したブタの移植に関し、日本はまだ研究グループによる指針案づくりが始まった段階に過ぎない。

9月、米メリーランド大の病院で、ブタの心臓移植手術を受ける前に妻(右)と共に座る男性。ブタの心臓移植2例目で、手術から約6週間後に死亡した(メリーランド大提供、AP=共同)

 ▽慎重さと決断で揺れる

 2009年、ハーバード大のマサチューセッツ総合病院で研究していた山田氏に取材した際、「臨床応用は5~7年を目標にしたい」と語っていた。残念ながらその目標は実現せず、代わりに別のチームの先行例が華々しく報じられている。慎重さと決断の間で揺れる思いが見て取れた。

米ボストンのマサチューセッツ総合病院

 米国の恵まれた研究環境は「日本と比較にならない」(米国立機関に留学中の日本人医師ら)半面、競争は厳しい。山田氏のチームの優位性は高い安全性を担保するドナーと移植患者のスクリーニング法にある。条件が整った事例で例外的に好成績を残したとしても臨床応用は視野に入らない。安定した結果が求められる。
 脳死ではない人への腎移植はいつ踏み切れるのか。山田氏は「2年以内、早くて1年以内もあり得る」と答えた。

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