「恋人に気持ち伝える切なさは変わらないよ」作詞家・松本隆さんが語る 80年代Jポップが残した魅力

松本隆さん=神戸市中央区

洋楽メロディーが定着/美意識の本質を追求

 坂本龍一さん、高橋幸宏さん、もんたよしのりさん、谷村新司さん、大橋純子さん…。今年は日本の音楽史に足跡を残す人たちが相次いで旅立った。彼らが切り開いたJポップと呼ばれる分野は1980年代に確立し、今もCMで流れたり若手にカバーされたりする名曲がある。坂本さんらと交流があり、松田聖子さんらのヒット曲を手がけた作詞家の松本隆さん(74)の作品はその代表格。長く支持される80年代Jポップが残した魅力とは何か、思い出話を交えながら話をうかがった。(津谷治英)

 -大橋純子さんが11月に亡くなりました。2年前の松本さんの50周年公演に来られたとか。

 「そうなんだ。終演後に顔を合わせたのであいさつをした。『来てくれてありがとう』と声をかけたら、『会うのは、これが最後になるかも』って言ってた。既に察していたのかもしれない。声量のある声が今も印象に残る。今年は坂本龍一さん、高橋幸宏さんも逝ったし。同じ時代に活動してきたミュージシャンとの別れが多くて、本当にさびしいよ」

 -神戸にゆかりのもんたよしのりさん、谷村新司さんも鬼籍に。2人にも作品を提供しています。

 「もんたさんはハスキーな声が特徴的なボーカリストだったよね。黒人音楽をほうふつとさせた。まだ演歌歌手の人気が高い時代で、当時の歌謡界の常識だとあの個性的な声は美声には入らなかったと思う。でも古い価値観に縛られずに自分を貫いたところに自由な雰囲気を感じさせた。日本のロックに新しい境地を切り開いた一人といえる。ロック系バンドがポップスに進出し始めたのもこのころだった」

 「僕の作品はフォーク系は少ないんだ。でも、アリス時代の谷村さんや堀内孝雄さんの歌はつくっている。彼らは楽曲を自作していたから、僕の詞の印象はあまり強くないでしょう。今は自分たちが表現したい音楽を作詞、作曲するアーティストが珍しくないけれど、彼らの頃はまだ少なかった。シンガー・ソングライターが定着していくきっかけになった」

 -松本さんたちのロックバンド「はっぴいえんど」はその先駆け的存在です。そういえば、当時のアルバムが今年11月のオリコンで38年ぶりに上位に入りましたね。

 「確かに、その土俵をつくった自負はある。僕らが旗を振って、多くの音楽仲間がその後に続いてくれた。それまでの歌謡曲は歌手と、作曲や作詞、編曲の作業が分かれていた。先輩作詞家の阿久悠さんなんかは、シンガー・ソングライターが登場し始めた頃はライバル視していたと思う。でも、僕はシンガー・ソングライターのグループにいたから仲間意識が強かった」

 「当時のミュージシャンの多くがビートルズをはじめ洋楽の影響を受けた。『はっぴいえんど』は70年にデビューし、洋楽のメロディーに日本語の歌詞を乗せる新たな世界を切り開いた。前衛的だったと思う。洋楽の音階は英語に合わせて生まれたのだから、日本語にはなじまないと主張する人たちがいて、賛否は分かれていたからね。僕らはそれを乗り越え、まずロックに洋楽メロディーを定着させた。その流れが70年代から80年代の歌謡曲に影響し、現代のJポップの基礎になった」

 -日本の大衆音楽に西洋のセンスが融合したんですね。

 「特に作曲家の筒美京平さん(故人)の果たした役割は大きかった。本場の洋楽と変わらない新しいサウンドを広げた。太田裕美さんの『木綿のハンカチーフ』では僕の長い詞に素晴らしい曲を付けてくれて、今も感謝し尊敬している」

 -大瀧詠一さんの「君は天然色」には「受話器」、KinKi Kidsの「硝子(がらす)の少年」では「バスストップ」といった言葉が登場します。今は使われないキーワードです。

 「どちらも恋愛シーンを描いたんだけど、あくまで『小道具』として使った言葉だから。むしろ恋心の根底にある心象風景を細部まで表現する工夫をしたつもり。連絡手段がスマートフォンやSNS(交流サイト)に変わり、場所がおしゃれなカフェに移っても、恋人に自分の気持ちを伝える切なさは古代から変わらないよ。平安時代も在原業平が和歌で遠くの女性に告白しているじゃない。日本文学には恋慕を表現する美意識がかなり蓄積されているんだ。僕はそんな普遍性にこだわった。いつの時代も恋愛感情の本質は同じだから、今の人にも通じるんだと思う」

 「文学だけじゃない。映像、映画、美術、あらゆるジャンルが題材にしてきたでしょう。昔から男女がお互いの心を分かり合うことは難しいもの。そんな微妙な心の情景をしっかり描けると、人を感動させる作品になる。僕は今、韓国ドラマや映画にはまっているんだけど、男女間の心理はしっかり作り込んでいると思う」

 -韓国ドラマの評価と人気は高まる一途です。

 「韓国は音楽でも強さを発揮している。BTSや女性グループが世界のヒットチャートで上位を占めていて、日本は押され気味だ。背景には資金力があるんじゃないかな。文化が豊かな国は芸術にしっかりお金をかけている。資産が豊富でも、文化が潤っていない国は豊かには見えないよ。文化は利益を出すためにあるんじゃなくて、じっくり熟成するもの。西洋のクラシック音楽やオペラ、ミュージカル、バレエはヨーロッパの貴族が育てた過去がある」

 「日本の富裕層がそのことに危機感を持ってくれるといいんだけど。経済力はあり『伊勢日記』を語り継いできた国なんだから。外国人観光客がなぜ京都へ行くのか。長い歴史とそこで培われた深い文化があるからで、それは世界に誇れる財産だと思う。文化を育成してきた土壌、実績を次の時代に継承してほしい」

 -これからの若いミュージシャンに期待することは。

 「面白い人たちが活躍してきて楽しみ。そんな中、音楽も配信がスタンダードになってきたよね。新しい技術を貪欲に吸収し、使いこなすべきだと思う。ベートーベンは音楽的天才であるのと同時に、印刷という当時の最新技術を使って楽譜を世界に広めたヒットメーカーの側面もある。僕も新しいものが好きでね。一度、人工知能(AI)に『松本隆の詞をつくってみて』って試してみたら深みがなくて、たいしたことなかったなあ。全く脅威は感じなかった。でも、これまで新しいものに背を向けて生き残れなかった人をたくさん見てきた。先端技術をどう生かすかは音楽でも鍵だと思う」

<ひとこと>「日本には文化の蓄積がある」の一言が印象に残る。松本さんが書く詞には随所にその美が生きている。縁あって神戸にやって来た松本さんに、海外文化を吸収してきた神戸に残る歌をつくってほしいと願っている。

【まつもと・たかし】1949年東京都出身。慶応大時代に「はっぴいえんど」でデビュー。代表作に「ルビーの指環(ゆびわ)」(81年、寺尾聰)など。現在、兵庫を拠点に活動。

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