チャンスを棒に振った10月シリーズの悔しさをタイ戦・アジアカップにぶつけられるか?ポスト三笘を狙う奥抜侃志の現在地/奥抜侃志(ニュルンベルク)【新しい景色へ導く期待の選手/vol.28】

今季はドイツ2部でプレーする奥抜侃志[写真:Getty Images]

2024年の幕開けを飾る1月1日のタイ戦(東京・国立)。直後にアジアカップ(カタール)を控える日本代表にとっては重要な前哨戦になるだろう。

主軸メンバーの伊東純也(スタッド・ランス)や浅野拓磨(ボーフム)らにとってはテストマッチという位置づけだが、アジアカップ生き残りを目指す面々にとっては、この試合でインパクトを残せるか否かが全てと言っていい。そのサバイバルの行方は非常に興味深いものがある。

10月シリーズで追加招集されながら体調不良に陥り、試合はもちろんトレーニングもほとんど参加できなかった奥抜侃志(ニュルンベルク)にとっては、今回が「敗者復活の場」。12月28日から1月1日までの5日間の代表活動に賭ける部分は大きいはずだ。

「(自分が参加したのがチュニジア戦前日で)そこまで強度の高い練習というより調整だったんですけど、止める蹴るの部分は今までやってきた中ではトップレベルですごいなと感じました」と1日練習しただけで驚きを隠せなかっただけに、意気込みは強いだろう。

代表生き残りのためには高い基準を保ち続ける必要がある。それを強く認識したうえで、タイ戦の活動に参加できるのは大きい。年代別代表経験の少ない彼にとっては、ここが真の代表キャリアのスタートと見てよさそうだ。

そもそも奥抜の経歴を紐解くと、中学時代から大宮アルディージャのアカデミーで育ち、2018年にトップに昇格。大宮は同年からJ2に在籍していたため、2022年夏に欧州挑戦するまで国内最高峰リーグでの経験を積むことができなかった。それでも高度なドリブルテクニックと推進力の高さは印象的で、「J1でも十分にやれる」と評されていた。

実際にJ1からのオファーもあったというが、本人はポーランド1部のグールニク・ザブジェへ赴くことを決断する。

「やっぱり大宮から海外へ行くことを目標にしていたので。J1の可能性もある中で、大宮から世界へ出ていきたかった・アカデミー出身者としてそういう背中を見せたかった」と彼は言う。

22-23シーズンのグルーニク・ザブジェではリーグ26試合出場4ゴールという結果を残す。その実績も大きかったが、奥抜自身にとっては、かつてヴィッセル神戸でプレーしたルーカス・ポドルスキとの出会いが大きかったという。

「ポーランドでの時間は1年でしたけど、凄く学びが多かった。特にポドルスキ選手のメンタリティには鍛えられたと思います。僕は当初、波のある選手だったんですけど、『自分を強く持て』『もっと仕掛けろ』と背中を押してもらえた。初めての異国で馴染めたのも彼のおかげだと思っています」と本人もしみじみと語っていた。

まさに師匠とも言うべきポドルスキに「十分やれる」と太鼓判を押されたことで、奥抜はポーランドで自信をつかむことができた。そして1年後にはドイツへ。2部ではあるが、ニュルンベルクはかつて清武弘嗣(C大阪)や長谷部誠(フランクフルト)も在籍したクラブだ。スタジアムは2006年ドイツW杯の会場でもあり、日本代表がクロアチアと試合を行っている。

それだけ重要度の高いクラブに今夏、林大地とともに加入した奥抜はリーグ前半戦17試合にすべて先発。左サイドのファーストチョイスの座を一気に奪った。3ゴール・1アシストという結果もまずまずと言ったところ。その活躍度を森保一監督も評価し、彼を抜擢したのだろう。

ただ、奥抜の主戦場である左サイドは三笘薫(ブライトン&ホーヴ・アルビオン)というエースが君臨するポジション。彼の地位は盤石だ。この牙城を崩すべく、第2次森保ジャパン発足後に4試合4ゴールを奪っている中村敬斗(スタッド・ランス)が急成長。10月のカナダ戦(新潟)で痛めたケガも癒え、今回、代表メンバーに復帰している。奥抜は中村敬斗と激しいバトルを繰り広げることになりそうだ。

そういう中、自身の最大のストロングであるドリブル突破と打開力で見る者の度肝を抜くことができれば、アジアカップへの滑り込みもないとは言い切れない。限られたチャンスを貪欲にモノにすべく、彼は師匠のポドルスキに言われた通り、ガンガン仕掛けていくべきである。

「日本にいた時はどっちかというとカットインのが得意だったんですけど、今はタテで自分のスピードを生かす方がいい。海外に行ってそう感じたので、そちらの方が得意なプレーになっています」と本人も推進力には自信を持っている。

タイ戦でチャンスを与えられたら、自身の看板であるタテへタテへ突き進むプレーを存分に披露すること。それに集中することで、奥抜は明るい未来を切り開けるのではないか。2024年元日に相応しい大胆な突破を見せつけ、次なる舞台をつかみ取ってほしいものである。


【文・元川悦子】
長野県松本市生まれ。千葉大学卒業後、夕刊紙記者などを経て、94年からフリーのサッカーライターとなる。Jリーグ、日本代表、海外まで幅広くフォローし、日本代表は特に精力的な取材を行い、アウェイでもほぼ毎試合足を運んでいる。積極的な選手とのコミュニケーションを活かして、選手の生の声を伝える。

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