韓国最高裁で「逆転無罪」判決、名誉毀損罪に問われた『帝国の慰安婦』の著者・朴裕河氏に聞いた 「学術的な議論を刑事裁判に問うのはおかしい」

ソウルの韓国最高裁で、判決後に記者団の取材に応じる朴裕河・世宗大名誉教授=10月26日

 旧日本軍の従軍慰安婦問題を扱った著書「帝国の慰安婦」で元慰安婦の名誉を傷つけたとして名誉毀損罪に問われた朴裕河・世宗大名誉教授(66)に対し、韓国最高裁が10月26日、有罪としたソウル高裁の判決を「無罪の趣旨」により破棄し、差し戻すとした。事実上の逆転無罪判決で、学問や表現の自由を重視する姿勢を示した。
 2017年の二審ソウル高裁判決は、罰金1千万ウォン(約110万円)の有罪判決を下していた。最高裁は、学問的な表現への評価は刑事裁判ではなく「公開の討論や批判の過程を通じて行うべきだ」としている。
 判決への受け止めや、日韓間の懸案として残っている歴史問題への対応などについて、朴氏に話を聞いた。(共同通信=佐藤大介)

 ―韓国最高裁の「無罪の趣旨」とする判決を、どう受け止めましたか。
 「無罪の方向という正当な判決が出たことに安堵しています。(高裁判決は)先入観だけで出した不当なものでした。日本をはじめ、多くの方々が支持、応援してくれたことに感謝したいと思います」

 ―罰金刑とした二審ソウル高裁判決から、6年が経過しました。
 「長い時間がかかりましたが、最高裁は昨年5月の政権交代前に判決を出してほしかったと思っています。保守の尹錫悦政権になってからの判決には、韓国内で『政治的な意向だ』と決めつける人が少なくないからです」

朴裕河氏の著書「帝国の慰安婦」

 ―裁判では学問や表現の自由、学術研究に対する公権力の介入の是非が問われました。
 「韓国社会に浸透している見解と異なる考えを示したため、元慰安婦や支援団体が私を刑事告訴し、検察が起訴したというのが、この裁判でした。学術的な議論を刑事裁判で問うこと自体がおかしいという認識は、韓国社会にまだ広がっていません」
 「民主化運動の時代に、国家保安法などによって政府から弾圧を受けたリベラルな考えの人たちが、言論を刑事処罰しようとすることに賛成していたのは、とても皮肉なことです」

 ―著書「帝国の慰安婦」では、戦時下での女性差別や植民地支配下における慰安婦の置かれた構造について記しています。
 「慰安婦問題の根源は戦争犯罪ではなく、植民地支配にあります。日本に道義的責任はあっても、支援団体が求めている法的責任は、その根拠がありません。男性中心主義に偏った国家が、女性を保護しなかったために起きた人権問題として考えるべきなのです」

 ―慰安婦問題で日韓対立が激化しました。
 「日韓の慰安婦支援団体とそれに反発する両極端な声だけが強まり、実際の慰安婦たちは置き去りにされてきました。韓国では、当事者の救済を最優先にすべきだという『被害者中心主義』の考えが『支援団体中心主義』になっていき、誰のための運動なのかわからない状況に陥ってしまいました」

ソウル市内で無罪趣旨の最高裁判決について、インタビューに答える朴裕河・世宗大名誉教授=11月11日

 ―慰安婦や徴用工問題など、見解の分かれる歴史問題が司法の場に持ち込まれるケースも多いです。
 「私は、そうした動きを『法至上主義』と呼んでいます。結局は法律的に勝つことが目的となり、さまざまな見方は排除されていく。それでは根本的に解決はできません。必要なのは、相互理解と共感なのです」

 ―歴史問題で日本に求められるのは。
 「国民を代表する機関である国会が、過去の植民地支配をどう考えているのか、何らかの見解を表明すべきだと思います」

© 一般社団法人共同通信社