公演900回超の腹話術ボランティアに記者が入門 宴会芸の悩み解消? 上達の秘訣は「見てもらう」

腹話術と出合っておよそ半世紀。現在も各地で芸を披露する藤井暁子さん=須磨区友が丘8

 年の瀬の街に足を向けると、忘年会の書き入れ時。これまで毎年のように、懇親の場を盛り上げる得意技があったらなと感じてきた記者(27)は今冬、ある女性に「弟子入り」をお願いした。須磨区に住む元小学校教諭で、ボランティアで腹話術を披露している。神戸新聞にも何度か掲載され、公演回数が900回を超える大ベテランだ。こつを学びに、女性と相棒の人形たちを訪ねた。(千葉翔大)

 女性は藤井暁子(あきこ)さん(80)=同区友が丘。勤めていた小学校で、女性警察官が腹話術を交えて交通ルールを教える姿を見たことをきっかけに、1970年ごろから活動を始めた。これまで、小学校や特別養護老人ホームなどで計984回の公演を重ねてきた。

 自宅におじゃますると、藤井さんは「出迎え人がいる」と7体の人形を紹介してくれた。自身にとって一緒に舞台に上がった「相棒」で、男の子の「かんちゃん」や女の子の「さっちゃん」、高齢男性の「トラ二郎」などがいる。 ### ■「ま行」が難しい

 藤井さんとの練習が始まった。「上下の歯を合わせる感じ。口は閉じた状態にして歯はなるべく見せないように」。あいうえお、かきくけこ-と言葉を発してみるが、慣れない動きに表情筋がつりそうになる。

 「『ま行』が難しいのよ。ほら、自分では閉じているつもりでも、口が動いてしまうでしょう」。ま、み、む、め…。確かにま行を言おうとすると、無意識のまま口角が動いてしまう。

 人形には、首の下から伸びる棒で顔を左右に動かしたり、レバーで目や口を操作したりする人形と、ぬいぐるみに手を入れて腕や顔をいっぺんに動かすパペットなどの種類がある。記者は、棒で操るタイプの人形「かんちゃん」を手にした。

 「こんにちは。僕は、かんちゃんです」。恐る恐る自己紹介したが、話し終えた後もかんちゃんの口は開いたままだ。しゃべり終えたのに、口の中が見えていては違和感しかない。

 芸を心得るには早すぎたのか。考え込む記者に藤井さんは言った。

 「やっぱり上達への近道は、たくさんの人に見てもらうしかないわね」 ### ■恐怖の自己満足

 つかの間の休憩中、背表紙にテープを貼るなどした数冊のノートを見つけた。中には、これまでに腹話術を披露した場所や回数がしたためられていた。まさに、藤井さんの活動の歴史だった。

 初めはタヌキの人形を手に、クラスの子どもたちに「夜は早よ寝るんやで」「ちゃんと宿題せぇよ」と呼びかけたという藤井さん。教諭を退職した後は、県内にとどまらず京都府や広島県、ハワイなど遠方の公演も引き受けた。

 あくまでボランティアで、持ち出しも多い。家族の勧めで公演を休んだ時期もある。ずしりとくる人形の重さにより、腰を痛めた経験も。それでも活動を続けるエネルギーは、一体どこから湧いたのだろう。

 藤井さんは公演の最後、決まって語りかけることがあるそうだ。「泣いても一日、笑っても一日。だったら笑って過ごしましょう」

 腹話術と出合い、およそ半世紀。傘寿を迎えても、公演にかける情熱は衰えることはない。次回は来年初め、腹話術が得意な人同士で芸を披露する予定だ。

 「千回という回数は気にせず、一歩、一歩踏みしめて、まずは自分が楽しめるように。自分が楽しんでいれば、きっとお客さんも楽しいはず。もう、恐怖の自己満足ね!」

 継続は力なり。今後も腹話術の練習を重ねることを約束し、記者は師匠の元を後にした。

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