【タイ】【23年の10大ニュース】新政権、経済の低迷打開へ[経済] 自動車市場は中国系のEVが席巻

5月の総選挙後の政治的空白を経て、9月にセーター政権が発足した=8月、バンコク(NNA撮影)

タイでは5月に実施された総選挙後の混乱を経て、タクシン派のタイ貢献党を中心に、複数の親軍政党も参加する11党による連立政権が樹立された。9月に発足したセーター政権は景気を押し上げるべく短期的な景気刺激策を打ち出すものの、主要政策の本格的な実行は2024年に持ち越された。デジタル通貨1万バーツ(約4万円)の配布や、最低賃金の引き上げが国内経済にどのような影響を与えるか、「経済に強い」タイ貢献党とセーター首相の真価が問われることになる。世界的な景気が低迷するなか、タイの23年1~9月の経済成長率は1.9%と、東南アジアの主要国のなかで最低水準にとどまった。政府は国内の消費拡大に加え、中国やロシアからの観光客誘致、電気自動車(EV)の振興策などを打ち出して打開を目指している。主要産業である自動車業界では、中国勢がEVの新モデルを次々に投入し、市場を席巻した。中国系のシェアは11月時点で1割を超えており、本格的に生産を開始する24年はさらにこの勢いが強まりそうだ。

■【第1位】セーター政権、混乱の末に発足

タイでは5月に総選挙が実施され、野党で改革派の前進党が第1党となった。同党のピター党首(当時)は首相就任に意欲を示したものの、上院からの反発が根強く選出を逃したことで、野党勢力による連立構想は崩壊した。8月には選挙で第2党となったタクシン派のタイ貢献党が親軍政党なども取り込み、11党による大連立が発足。国会での首相選出投票日には、タクシン元首相が15年ぶりに帰国する「波乱」もあったものの、4カ月に及ぶ政治的空白を経てセーター政権が誕生した。経済界出身のセーター首相は、就任直後から景気の押し上げに注力する姿勢を見せた。国内向けには、電気代の引き下げやデジタル通貨1万バーツの配布、最低賃金の引き上げを推進することを表明。外国に向けても、米中日での投資誘致に向けた外交活動や、外国人旅行者に対するビザ(査証)の条件緩和を打ち出した。政治的な基盤が弱いとされるセーター氏が手腕を発揮することができるか、24年は実力が試される局面を迎えることになる。

■【第2位】EV普及元年、中国ブランドが席巻

2023年はタイで電気自動車(EV)が一気に普及した。比亜迪(BYD)や「MG(名爵)」、「NETA」、長城汽車(GWM)など中国ブランドと米テスラが席巻。乗用車の新車登録台数に占めるEVの割合は10%を超え、通年の販売台数は前年比約7倍の7万台を超える見込みとなった。

EV専業のNETA、BYD、テスラが22年後半に相次いでタイに参入。BYDの納車台数は1年で3万台を突破し市場をけん引している。NETAやテスラもそれぞれ1万台、7,000台(登録ベース)を超え好調だ。

今年に入ってからは「五菱(ウーリン)」、広汽埃安新能源汽車(AION)、重慶長安汽車などがEV販売を開始。各社はタイでEV生産の準備を進めており、(1)GWM(2)NETA(3)五菱(4)BYD(5)AION——が24年、長安汽車が25年にそれぞれ現地生産を開始する見通しだ。テスラもタイへの工場設置を検討している。

タイ運輸省陸運局によると、1~11月のEV乗用車の新車登録台数は6万6,557台となった。市場は24年も拡大を見込むが、現行のEV振興策が23年末で失効し、来年からEV購入に対する補助金が減額することが懸念事項となる。メーカー乱立により競争も激化を見込む。

■【第3位】在中国のPCB企業、進出ラッシュ

2023年は中国に製造拠点を持つプリント基板(PCB)メーカーがタイに生産拠点を構えようとする動きが目立った。

エレクトロニクス製品には必ず半導体やコンデンサーなどの受動部品を搭載した基板が必要となるため、PCB業界ではセットメーカーの近いところで生産する「地産地消」型が基本だ。ところが米中対立など地政学リスクの高まりで、中国以外に工場を持っていなければ、既存の顧客を維持できたとしても、欧米企業の新規開拓は不可能な状況になった。

PCBメーカーが中国以外の製造拠点にタイを選んでいる背景には、タイが製造業の集積地で熟練した労働者が多いほか、安定した電力供給や豊富な水など工場の運営に不可欠なインフラが整っていることが挙げられる。タイの投資誘致機関である投資委員会(BOI)のナリット長官は「ブームはしばらく続き、タイは東南アジア最大のPCB生産拠点になるだろう」との見方を示している。

ただ、今後はタイ現地では激しい人材の獲得競争のほか、レジストや銅張積層板(CCL)といった主要部材の調達競争が激しくなることが予想される。一方、中国企業を中心に有象無象のPCBメーカーが投資を申告したことから、実際の投資の執行に対しては懸念の声も聞かれる。

■【第4位】ビザ免除、中国へのラブコール届かず

セーター政権誕生後、タイ政府は相次いで観光目的の短期滞在ビザの免除策を打ち出した。9月には中国人とカザフスタン人を対象に、11月からはインド人と台湾人を対象に免除した。また、ロシア人を対象に11月から観光ビザなしで滞在できる期間を30日から90日に延長した。

特に中国人を対象としたビザ免除は、中国の大型連休に合わせて開始したため観光業完全復活の起爆剤になると期待が寄せられていたが、免除後もタイを訪れる中国人が増加する傾向は見られなかった。ミャンマーのタイ国境部に拠点を置く中国人組織による特殊詐欺事件や、中国人を標的とした人身売買、そして、バンコク中心部の商業施設「サイアム・パラゴン」で起きた無差別発砲事件などがタイに対するイメージ悪化を招いたとみられている。タイ政府は通年で400万人を超える目標を掲げたが、11月末時点で301万人にとどまり、目標達成の可能性は難しい情勢。新型コロナウイルス流行以前は訪タイ外国人の28%を中国人が占めており、2019年の実績は1,114万人だった。

タイ旅行業協会(ATTA)は、ビザ免除の効果が現れるのは来年以降になるとの見方を示している。タイ国政府観光庁(TAT)は、24年の中国人旅行者数は前年比2.8倍の850万人になると期待。観光収入目標も今年見込み比47%増の3兆5,000億バーツ(約14兆3,600億円)へ引き上げた。

■【第5位】続く低成長、外需と観光の回復に期待

タイの国内総生産(GDP)成長率は、今年1~9月は1.9%にとどまった。新型コロナウイルス感染症の影響を本格的に脱し、年初は前年比2.7~3.7%拡大すると予想されていたが、期待はしぼんでいった。タイのマクロ経済が伸び悩んでいる要因として、世界経済の回復が鈍化していることでタイの輸出が低迷したことが大きい。1~10月の輸出額は前年同期比2.7%減。中国や欧州、東南アジア向けの輸出がマイナスとなっている。中国経済が不振であることで、同国からの旅行者が想定ほど増えなかったことも痛手となった。タイ政府は、ピーク時には1,000万人を超えた中国からの旅行者を戻すべく、9月25日に中国人に対する観光ビザ取得義務を免除。ただ、1月から11月下旬までの中国人観光客は300万人ほどにとどまり、通年の目標としていた400万人を下回るペースとなった。国際機関などの予想では、24年は外需と観光の回復が進み、タイ経済は押し上げられるとの見方が強い。政府の景気刺激策とともに、在タイ企業にとっても期待は大きい。

■【第6位】地球観測衛星の打ち上げに成功

タイは10月9日、地球観測衛星「THEOS-2」の打ち上げに成功した。タイでの同衛星の打ち上げは、2008年の「THEOS-1」以来15年ぶり。THEOS-2の製造は仏エアバスに発注し、タイのエンジニアがオブサーバーとして参加した。

THEOS-2の寿命は10年。重さは約420キログラム。センサーは2つあり、そのうちの1つは大きさが50センチほどの物体まで見分けることができる衛星写真の撮影が可能だ。

タイ政府は宇宙開発をビジネスにつなげようとする動きを強めている。衛星画像を使ってタイ国内の地理情報をアップデートすることで、民間にスマート農業などへの活用を促したり、より迅速に集中豪雨などの自然災害に対応できるようにしたりする。また、画像データから森林面積を測定し、二酸化炭素(CO2)吸収量を正確に算出できるようになり、温暖化ガスの削減量を取引する「カーボンクレジット(削減量)」の発行に活用していきたい考えだ。タイ政府は将来的には、ロケットの発射基地の建設も視野に入れている。

タイ地理情報・宇宙技術開発機関(GISTDA)のパコーン・アーパーパン事務局長は宇宙関連産業の育成に向けて、「日本とこれまで以上に深い協力関係を強く望んでいる」と述べている。

■【第7位】日系スタートアップが躍進

2023年は日系のスタートアップがタイで存在感を見せた1年だった。

人工知能(AI)を使った画像・映像解析を手がけるニューラルグループ(東京都千代田区)は大手財閥チャロン・ポカパン(CP)グループと組んで、首都バンコクでAIカメラを活用して交通量や渋滞状況を計測する取り組みを始めた。

温室効果ガス(GHG)排出量の算定・可視化クラウドサービスを手がけるゼロボード(東京都港区)は、タイの大手の企業と脱炭素化に関するパートナーシップ覚書を締結。タイ企業に対してGHG排出量の算定・可視化だけでなく、排出量を削減するためのアクションまでを支援していく。将来的には企業単位や製品単位のGHG排出量の算定にとどまらず、国や組織をまたいだサプライチェーン(供給網)全体の脱炭素経営の支援に乗り出そうとしている。

AIを使った画像や映像の解析を手がけるRUTILEA(ルティリア、京都市)はタイ政府のプロジェクトの一環として、AIを搭載した監視カメラを使って銃器を検出するための技術開発を進めている。来年4月にも実証実験に入る。

このような日系スタートアップの動きは、タイ政府が掲げる「インダストリー4.0(第4次産業革命)」やBCG(バイオ・サーキュラー・グリーン)経済の実現に資するものであり、今後も高い技術力を持つ日系スタートアップの活躍が期待される。

■【第8位】タイのホテル、日本に相次ぎ参入

タイのホテル大手デュシタニの海外事業部門デュシット・インターナショナルが6月に京都で「ASAI京都四条」を開業したのを皮切りに、タイのホテルが続々と日本市場に参入した。7月には流通大手セントラル・グループのホテル事業部門セントラル・プラザ・ホテルが高級ホテルブランド「センタラ・ホテルズ&リゾーツ」の日本1号店「センタラグランドホテル大阪」を開業。円安が追い風となり好調を保っており、2号店の出店に向け協議を進めている。9月にはデュシタニが旗艦ブランドの日本進出1号店、高級ホテル「デュシタニ京都」を開業。同月、ホテル・飲食事業のナライ・ホスピタリティ・グループも大阪市内でエコノミーホテル「ラブディ(Lub d)大阪本町」をオープン。旺盛な訪日観光客の需要を取り込む狙いだ。

訪日タイ人数は2009~19年に年平均22%増加し、国・地域別の訪日外国人旅行者数で6位に躍り出た。不動産事業関係者は、タイの事業者が自国民の訪日旅行ブームに乗って、日本でタイ人観光客の取り込みに動き出したとの見方を示す。日タイの結びつきでは、日本のデベロッパーや建設大手がタイで地場大手と提携・協業してきた実績が、タイ企業の日本進出の土壌を育んだと指摘した。

デュシタニ京都は9月1日に開業した(デュシット・インターナショナル提供)

■【第9位】首都に新商圏、ニトリなど日系進出も

タイの小売・商業施設運営大手ザ・モール・グループは12月1日、バンコクのプロンポン地区で商業施設「エムスフィア」を開業した。既存の商業施設「エンポリアム」「エムクオーティエ」と合わせて、同地区に新たな商圏が誕生。23年には家具・インテリア大手の「ニトリ」、アパレル「ニコアンド」、鮮魚「魚力」といった日系を含む海外ブランドの進出も相次ぎ、小売業界が活気づいた。

エムスフィアの開業初日には長蛇の列ができた。ジェラート店「RINTARO」など日系を含めて飲食店が充実し、スウェーデンの家具大手イケアが初の「都心型店舗」を開設したことが最大の売りだ。ザ・モールの3施設はいずれも高架鉄道(BTS)プロンポン駅に直結。既存2施設の主な客層が富裕層であるのに対し、エムスフィアは価格帯がやや下がりタイの中間層の集客を多く見込んでいることから、商圏としてさらなる発展が期待される。

ニトリは8月にバンコク中心部で1号店を開業。向こう5年で25店舗体制を目指している。日系ではこのほかブランド古着「セカンドストリート」や輸入食品店「カルディコーヒーファーム」も進出。外資ではヨガウエア「ルルレモン」、フィギュア「ポップマート」など多彩なブランドがタイに参入した。

■【第10位】大気汚染「世界最悪レベル」に

タイの乾期(2~5月)の大気汚染がインドのデリーなどを上回り、「世界最悪レベル」を記録した。呼吸器疾患など健康被害が拡大。チェンマイなど北部の汚染が特に深刻で、旅行先として敬遠され観光業にも悪影響を及ぼした。タイ政府は状況改善に向け、24年に「大気浄化法(CAA)」を施行する。

世界保健機関(WHO)は24時間平均の微小粒子状物質「PM2.5」濃度(1立方メートル当たり)の安全基準値を15マイクログラム以下としているが、北部では連日100マイクログラム超えが続き、チェンライでは500マイクログラムを超えた日もあった。

北部の大気汚染は近隣国も含めた野焼きや山火事が原因。タイ政府は4月には、ラオス、ミャンマー両国の首相らと対策会議を実施した。一方、バンコク首都圏でもしばしば大気汚染が深刻化。12月に入ってからもバンコクの14地区でPM2.5濃度が有害レベルに達し、当局は人工降雨を行うなどの対策をとった。

改善に向けてタイ保健省は11月、大気汚染状況の監視と対応を担う緊急対応センター(EOC)を開設した。大気浄化法も同月に草案が閣議承認され、24年に施行される見通しとなっている。

■【番外】首都の商業施設で銃撃、観光客が死亡

タイの首都バンコク中心部のショッピングモール「サイアム・パラゴン」で、10月に発砲事件が起き、タイで生活する人々に大きな衝撃を与えた。中国人観光客を含む3人が死亡した。逮捕された容疑者は、バンコク在住の14歳の少年だった。観光業を中心に経済回復を目指しているタイにとって、深い爪痕を残す事件となった。

© 株式会社NNA