続編製作の噂も? 紆余曲折『ボーン』シリーズの音楽世界に迫る! ~『アイデンティティー』からスピンオフまで~

『ボーン・アイデンティティー』『ボーン・スプレマシー』『ボーン・アルティメイタム』Blu-ray:1,886円+税/DVD:1,429円+税 発売元:NBCユニバーサル・エンターテイメント※2019年4月の情報です。

『グッド・ウィル・ハンティング/旅立ち』(1997年)で脚光を浴びたマット・デイモンと、インディペンデント映画『スウィンガーズ』(1996年)と『go』(1999年)で高い評価を得たダグ・リーマン監督。アクション作品のイメージがなかった両者がタッグを組み、ロバート・ラドラムの小説を映画化した『ボーン・アイデンティティー』(2002年)はスマッシュヒットを記録。アクション映画界に新風を吹き込んだことはつとに有名である。そして『ヒックとドラゴン』シリーズ(2010年~)の音楽で知られるジョン・パウエルが作曲したスピード感のある劇伴も、従来のアクション映画音楽のスタイルを大きく変えるものだった。

今年11月には6作目となる続編製作の交渉中であることが報じられ、デイモンの復帰も噂されている『ボーン』シリーズ。今回は12月のCS映画専門チャンネル ムービープラスでのシリーズ一挙放送の機会に合わせ、スピンオフ作品を含む全5作の音楽を簡単に振り返ってみたいと思う。

作曲家交代!予算も時間もない『ボーン・アイデンティティー』の音楽はどうなった?

『ボーン・アイデンティティー』の撮影中、リーマン監督は様々な困難に直面していた。スタジオ側との軋轢、脚本の書き直し、再撮影と再編集――さらに、ある程度まで作曲を進めていたカーター・バーウェル(コーエン兄弟監督作品の常連作曲家)の音楽に満足できず、急遽作曲家を交代させる事態にまでなってしまう。そこで彼の後任として雇われたのが、当時『フェイス/オフ』(1997年)の音楽で注目を集めていたジョン・パウエルだった。

バーウェルのレコーディングで既に大金を費やしていたため、新たな劇伴の作曲には予算も時間もかけられないという制約の中、パウエルは当時流行していたドラムンベースの手法などを取り入れたエレクトロニック・スコアを書き上げた。そして仕上げにオーバーダブのストリングスを追加し、倹約的かつ効率的な音楽を完成させた。

「スケール感」ではなく「推進力」に重点を置いたパウエルの劇伴は、『007』とは異なるスパイ・アクション映画作りを目指していたリーマン監督の意向とも一致し、シリーズの礎となる疾走感あふれる音楽が誕生した。見落とされがちな要素だが、ジェイソン・ボーンというキャラクターの悲劇性を表現する際にファゴットのソロ演奏を用いたのも、アクション映画の音楽では珍しい手法で印象的だった。

豪華オーケストラの第2作『ボーン・スプレマシー』と、シリーズ最速サウンドの第3作『ボーン・アルティメイタム』

第2作『ボーン・スプレマシー』(2004年)では、『ブラディ・サンデー』(2002年)が好評を博したポール・グリーングラスが監督に抜擢された。監督が交代したことで、当初パウエルは続編の音楽がどうなるか不安だったという。しかし、グリーングラスから「1作目の音楽が気に入ったからそのまま続けてほしい」と言われ、シリーズの音楽を自由に発展させられる機会を得た。

同作でパウエルは、前作では予算の都合で使えなかったオーケストラを導入。そしてドラマー3人とパーカッション奏者4人を起用して生演奏によるリズムを強化し、キレのあるサウンドを作り出した。

第3作の『ボーン・アルティメイタム』(2007年)では音楽のスピード感がさらにアップし、シリーズ最速のサウンドが観客を圧倒。3,500~4,000という膨大なカット数の激しく揺れる映像を打楽器のリズムと同期させ、映画に強烈な加速を与える音楽は、このシリーズの大きな特徴となった。

ジェレミー・レナー主演スピンオフ『ボーン・レガシー』でオーソドックスなアクション映画音楽に回帰

2007年の時点では第3作で(一応)シリーズ完結ということになっていたが、スタジオ側がヒットシリーズを簡単に手放すわけもなく、2012年にジェレミー・レナーを主演に迎えてスピンオフ作品『ボーン・レガシー』が製作された。

シリーズ前3作の脚本家トニー・ギルロイが監督を務め、音楽もパウエルではなく、ギルロイの監督作『フィクサー』(2007年)と『デュプリシティ ~スパイは、スパイに嘘をつく~』(2009年)で組んだジェームズ・ニュートン・ハワード(以下、JNHと表記)が担当した。

オーケストラに電子音とパーカッションのリズムを組み合わせた構成はパウエルとほぼ同じだが、スピード感は若干抑えめになっており、オーソドックスなアクション映画音楽に回帰した印象を受ける。もともとJNHは自分の個性を前面に押し出すタイプではなく、劇伴に要求されるものを過不足なく表現することに長けた作曲家である。「本家シリーズの雰囲気を踏襲しつつ、異なる演出スタイルに合わせた“番外編”のための音楽」という絶妙な匙加減の劇伴を作り上げた、彼の手堅い仕事が際立つ一編だ。

本家シリーズ第4作『ジェイソン・ボーン』は公私ともに激動だった作曲家パウエルの集大成

2016年、本家シリーズの第4作となる『ジェイソン・ボーン』が製作された。デイモンやグリーングラスと共にパウエルも復帰したが、この9年の間に彼の身の回りでは様々な変化があった。

以前から「暴力的な娯楽映画は好みではない」といった旨の発言をしていたパウエルは、2011年以降アニメーション映画の作曲がメインになっており、映画音楽の仕事をセーブして、演奏会用のオラトリオ作品「A Prussian Requiem」の作曲に情熱を注いだ時期もあった。そしてその初演の日の夜、愛妻が亡くなるという不幸にも見舞われていたのだった。

それでもパウエルは、デヴィッド・バックリー(のちに『エンド・オブ・ステイツ』[2019年]や『アオラレ』[2020年]の音楽を担当する作曲家)の助力も得て、シリーズ最新作の音楽製作に取り組んだ。前作で自身が「うまくいかなかった」と考えていた点を修正し、オーケストラ、電子音、ライブ・パーカッションの演奏をバランスよく組み合わせた本作の劇伴は、シリーズの集大成とも言える完成度の高いものに仕上がった。

のちにパウエルは、「この仕事はいい気晴らしになった」と米国メディアのインタビューで語っている。自分のスタイルに忠実な曲作りを心がけ、その音楽で観客を再び<ジェイソン・ボーン>の世界へ導くこと。それが本作でパウエルが果たした最も重要な役割だったのかもしれない。

なお、このシリーズはエンドクレジットでモービーの「Extreme Ways」が流れるのが恒例となっている。第2作まではオリジナルバージョン(アルバム「18」収録)を使っていたが、第3作からは毎回新録版が作られるようになった。これらのアレンジの違いを楽しむのもまた一興である。

文:森本康治

『ジェイソン・ボーン』『ボーン・アイデンティティー』『ボーン・アルティメイタム』『ボーン・スプレマシー』『ボーン・レガシー』はCS映画専門チャンネル ムービープラス「ボーンシリーズ イッキ観!」で2024年12~1月放送

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